2012年8月29日水曜日

『害虫の誕生―虫からみた日本史』 瀬戸口 明久 著

明治以前の日本では害虫対策はほとんどなかったが、警察の指導や戦争の影響で殺虫剤等の対策が普及した、という本。

江戸期の日本人にとって虫害はどうしようもないものであり、「虫が出るのは祟り」などとする観念があったという。明治政府は西欧から応用昆虫学を導入し、これを駆除すべく農民を指導したが、農民は害虫=除去すべき/できるものという考えを持っていなかったためにうまく駆除が進まない。

そこで政府は警察権力により強制的に害虫駆除を進め、害虫を駆除しないものを(年数千人規模で)検挙するといった対策をとる。また平行して子供に害虫を教え、害虫を一匹いくらで買い取るなど、「害虫=駆除すべきもの」という「常識」を植え付けていく。

害虫対策がさらに浸透するのは戦争で、マラリアなど南方の伝染病を防ぐために化学薬品を使った害虫駆除の技術が進歩し、これがやがて農業にも応用されていく。

日本の近代において害虫の観念・対策が変化していくのは、地味な変化ではあるが農業生産に与えた影響は大きく、このような本でまとめられるのは意味がある。

だが、「虫からみた日本史」の副題は風呂敷を広げすぎで、取り扱われているのは明治以降であり、享保の大飢饉すら出てこないわけで、看板に偽りがある。また「虫からみた」というのもちょっと誤解を生む表現で、「近代における害虫像の変遷」というくらいが適切だろう。これは面白味のない副題だろうが、多くの人にとって害虫像の変遷などは面白くないものであり、名は体を表す意味ではこれくらいがせいぜいだ。

さらに、記述が通俗的で研究者の書いたものとは思われない箇所もある。ただ、これは博士論文を加除修正して作った著者の処女作のようなので、その点はいたしかたないかもしれない。害虫に興味がある人にとってはもちろん、そうでなくても明治期の人々の価値観の変化が自然なものではなく、権力によって無理矢理起こされたものである一例を知るだけでも意味のある本。

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