2019年7月17日水曜日

『女と刀』中村きい子 著

自我を持った女の、反抗の物語。

権領司キヲは、薩摩藩の外城士の娘として生まれた。外城士とは、武士ではあるが城下士よりも一段下の存在で、キヲはその中では割合によい身分だった。

キヲの父は西南戦争で賊軍として負けたことを終生悔しがり、その恨みのエネルギーはキヲ達への教育へと向けられた。キヲは男同様の教育を施され、おのれの意向を全うさせるという強烈な原則を魂に刻み込まれた。女は男の従属物として考えられていた時代に、キヲは独立自尊の精神と強靱な自我を育んでいた。

ところが、まさにそのような教育を施した父親によって、キヲの精神は打ち砕かれる。キヲに望まない結婚を強いたのである。有無をも言わさぬ決定だった。いくら「おのれの意向を持て」などと言っていても、結局女は家長の命令に従うもの、というのが父親の本音だったのである。

しかし程なくしてキヲは出戻りとなった。嫁ぎ先の姑との折り合いが悪く、キヲは姑から「夜叉」と呼ばれた。父は、それを権領司家への侮辱ととった。そのような侮辱を受けた以上、キヲは取り戻されなければならなかった。ここでもキヲの意向は無視された。ただ家の名誉が傷つけられた、という事情のためにキヲは離縁しなければならなかったのである。

しばらくしてキヲは再婚するが、それも望まない結婚だった。ここでも優先されたのは家の事情である。そして求められて結婚したにもかかわらず、夫の兵衛門はキヲを愛することはなかった。兵衛門は、「出戻り」という「キズ」があれば自分よりも身分が上の女性と結婚できる、という打算によってキヲを求めたに過ぎなかった。愛のない結婚生活は、キヲの自我をさらに先鋭化させていった。

キヲは、自らの意向が蹂躙され、家の従属物として扱われるに過ぎないとしても、そこに情を通わせ、求め合う関係があるならばそこに没入してもよいと思っていた。だが実際には、兵衛門はキヲを無視するどころか愛人さえ作り、そのくせ家では横座(家長としての地位)にあぐらをかき、横柄に振る舞うことで自らの権威を演出するだけが取り柄の男であった。キヲはこのようなつまらない男に従って生きる、などということは我慢がならなかった。やがてキヲは自らの畑仕事と行商によって、兵衛門の収入をアテにせず生活できるようになった。そしてままならぬ中でも自らの意向を貫き通すという戦いをしていくのである。

しかしその一方で、愛のない結婚生活の中でも夜の営みは続けられた。そして虚しい気持ちの中で、キヲは8人の子どもをもうけるのである。女とは、家を維持していくための道具にすぎなかった。女は男にいいように使われ、子を産み育てるだけに価値が置かれていた。女は、「自分」を持つことが許されなかった。女は、「妻」であるか「母」であるか、どちらかでしかなかった。

だが男が自由きままに振る舞っていたのかというと、そうでもなかった。ことあるごとに血族会議が開かれ、「世間がどういうか」「家のメンツを潰す気か」「家の名誉に関わる」などといって、男たちはキヲの意向を踏みにじったが、そこでは常に「家」の世間体が最優先され、誰も自分の考えを持つものはいなかった。女は確かに男に従属していたが、男も「世間」に従属させられており、それに疑問を持つものはいなかった。「自分」よりも「世間」の方が行動を規定していた。

そんな中で、キヲは自我を持つほとんど唯一の人間だった。キヲは近代的な精神に目覚めていた。だからキヲが(現代の人間からみて)当たり前のことをしても、それは家からも社会からも異常な行動として映った。「自分」を独立した価値あるものと見なす考えは、それだけで狂気じみていた。

キヲの戦いは、同じように抑圧されていた女性たちからも理解されなかった。おのれの意向を貫こうと正面衝突を繰り返すキヲを、女性たちは冷ややかに見ていた。表面上は男を立てながら、小ずるく立ち回ってうまく家庭を回すのが賢いやり方で、キヲのようなやり方では事を荒立てるばかりで結局自分のやりたいようには出来なくなるというのだ。 しかしそれは、キヲの戦いを全く理解していないものの見方だった。キヲは目先の決定権を手に入れたいのではなかった。自分を一人の人間として尊重して欲しい、という根源的な要求を主張していたのだ。

それを象徴するのが、強いて父から譲り受けた短刀だ。女が刀を持つ、ということは普通にはありえないことだ。しかしキヲは刀を持ちたがった。それが自らの意向を貫き通すための唯一の力、命のやりとりによって自らの存在を打ち立てるための力の象徴であった。「自分」を承認させることがキヲの戦いだった。

しかしその考えを、男も女も、誰も理解できなかったのだから、キヲの戦いは常に独り相撲に終わっていた。キヲはむしろ正面衝突を望んでいたが、衝突すべきものは空疎だった。「世間」のことばかり気にする小心翼々とした人間達を、キヲは冷笑した。そのような人間の相手をすることが、次第にバカバカしくなってきた。やがてキヲは、兵衛門との愛のない結婚生活、「世間」にしか向かない血族、「自分」のない人生に見切りをつけた。

そして齢七十にして、兵衛門に離婚を突きつけたのである。そのような老婆が、離婚を突きつけるなどということは前代未聞だった。「世間」も「血族」も、非難囂々だった。だがキヲは、それまでの無意味な人生に決別し、これから「自分」を大切にする人生を踏み出したのである。それがキヲが全人生をかけて到達した答えだった。

本書に描かれた権領司キヲは、社会や男に翻弄されるだけの女とはほど遠い。それらに常に戦いを挑み、挫かれても挫かれてもそのたびごとに「自分」を強くしていく反抗する人間である。 しかし同時に、キヲは外城士の娘として、「ザイ」(百姓)に強い差別意識を持っていた。彼女は自分を、誇り高い士族の娘であると考えていた。自らを蹂躙した「血」の論理を、彼女自身乗り越えていなかったのだ。彼女の桎梏となったのも「家」という「血」であったし、彼女がザイを差別したのも「血」であった。

キヲには、もっと徹底的に世間に反抗した叔母がいた。叔母は、「ザイ」の男と恋に落ち、身分も外聞も捨てて愛に生きた。世間からは村八分になっていたが、彼女は幸せだった。「血」の論理を、乗り越えていたからだ。キヲの悲劇は、自らを苦しめた「血」の論理を、自分自身、捨てきれなかったことだった。

著者中村きい子は、自らの母をモデルにこの小説を作ったという。この時代に比べると、今は女性の地位が随分向上した。結婚を無理強いされることは少ないし、あからさまに女を男の奴隷のように扱う態度は問題視される。しかし根本のところでは、本書に描かれる「世間」「家」「女性」の関係が、今とさほど変わっていないことに愕然とせざるを得ない。未だに日本では「世間」が幅をきかし、「家」を維持するために「女性」が道具として利用されている。キヲが苦しんだ構図で、今の日本の女性も苦しんでいないか。

キヲの戦いは、女性差別が激しかった戦前の思い出話ではないのである。女とか男とか、そういうことではない。それは、「世間」よりも「自分」を価値の根本に置くこと、誰であれ一人の人間を意志ある存在として尊重すること、それを社会に対して認めさせるために、未だに続けられなければならない戦いなのだと私は思う。

女性問題を越えて現代でも読み続けられるべき名著。

【関連書籍】
『薩摩の女―兵児大将の祖母の記』大迫 亘 著
https://shomotsushuyu.blogspot.com/2019/07/blog-post_6.html
理想化された「薩摩の女」を描く小説。


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