2019年7月6日土曜日

『薩摩の女―兵児大将の祖母の記』大迫 亘 著

理想化された「薩摩の女」を描く小説。

著者の大迫亘は、加世田の没落士族・大迫家の次男として生まれた。父は医者だったが、母との結婚が認められなかったことや加世田の封建的な風土がイヤになり出奔。そのせいで母は気鬱症になり、亘は祖母に育てられた。亘の祖母・琴は一家の収入がほとんど絶たれた自給自足的な暮らしを農作業で支え、亘に対しては厳しい教育を行いながらも無限の愛情を注いだ。

こうして、亘は祖母を世界で一番尊敬するようになる。本書は、亘が(おそらくは多分に理想化された)祖母の思い出を小説化したものだ。前半は、祖母の少女時代から始まっているため、想像による部分も大きいと思われる。しかしそれは、亘にとっての理想の薩摩の女がどのようなものであるかを物語ってもいる。

本書に描かれる祖母・琴の人物像は次のようなものだ。
  • 西郷隆盛を崇拝し、その次に桐野利秋を敬慕している(祖母は桐野利秋と幼少期に繋がりがあった)。
  • 西郷や桐野の考えに影響され、農は国の根本との信念を持ち、自ら農作業に勤しみ、生産活動を第一に考える。
  • 強烈な負けじ魂を持ち、身分の高低にはこだわるものの、正しいと思うことを主張するのには一切の妥協がない。
  • 貧乏であっても自主独立の精神を持っているが、かなり頑固なところもある。
  • 一切の化粧をせず、着飾らず、美醜を超越している。

では、これらが当時の「薩摩の女」として理想的だったかというと、本書では結婚するまでの琴はかなり頑固者の変わり者として描かれているから、理想的だったとは言えない。やはり「従順な、可愛らしい娘さん」が薩摩でも理想の女だったのかもしれない。しかし結婚しやがて孫を持つようになると、近所でもひとかどの人物だと扱われているように見えるから、 周りの人からも立派だと思われていた模様である。

私が本書を読んだのは、男尊女卑が激しい薩摩の地で、理想的な「薩摩の女」の振る舞いがどのようなものであったかに興味があったからである。ところが本書に描かれる琴の行動は、男性と全く対等なのだ。失礼な言動を行った親戚の男性に、絶縁をちらつかせながら抗議する場面があるが、相手の男性も「女のくせに」みたいなことは言っていない。琴のセリフもいわゆる「女言葉(〜だわ)」はなく、男性と全く同じ言葉遣いで書かれている。琴の行動は男性以上に力強く、それが周囲にも受け入れられている。

かといって、当時の社会が男女平等だったかというとそうでもなさそうだ。「女は立派な人間を産み育てることが一番の幸せだ」といったセリフが出てくるし、結婚は親が決めた人だし、今からみれば女性がものの様に扱われている場面もある。

しかし全体を通してみれば、理想化された「薩摩の女」は、従順であるよりもむしろ独立自尊であり、守られたり愛玩されたりするのではなく、生産の現場で男性と対等に働く存在なのである。少なくとも著者、大迫亘にとっては、それが理想の女だったようである。

ちなみに本書はスピード感があって面白く、すらすらと読める。事実に即したものであるだけに奇想天外な大事件といったようなものはないが、意外と引き込まれる筆致だ。琴の人物像にもとても好感を持ったし、その生き方には心打たれた。

ただし本書は純粋な小説というよりも「思い出の記」であって、著者の前著『薩摩の兵児大将』を補完する形で書かれているため、独立した小説としてはやや舌足らずなところもある。前著とあわせて読むことをお薦めする。

薩摩における理想の女の力強さに心打たれる本。

【関連書籍】
『薩摩の兵児大将―ボッケモン先生青春放浪記』大迫 亘 著
https://shomotsushuyu.blogspot.com/2018/08/blog-post_26.html
明治末期から昭和初期を舞台にした自伝的小説。

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