2018年5月20日日曜日

『五重塔』幸田 露伴 著

幸田露伴の若き日の傑作中編小説。

本書は、技倆はありながらも魯鈍なために「のっそり」と馬鹿にされる大工十兵衛が、一世一代の仕事として五重塔建築に名乗りを上げて、本来建築を担うはずであった源太と一悶着起こしたものの、立派に五重塔を仕上げるまでの話である。

この物語の形式的な主人公は十兵衛であるが、ほとんど十兵衛の心理描写はない。十兵衛は内省的な性格ではなく、ただ五重塔を自分がつくってみたいという一徹な、思い詰めた感情があるだけだ。

一方で、源太は違う。源太は腕も確かで義理も人情も篤く、人望もある職人であり、また江戸っ子風の気っぷの良さもある。彼は十兵衛を目に掛けてきた恩人であって、仕事を取り合うというよりは譲り合う気持ちでいる。その源太が、様々な葛藤を抱えながらも、結局は魯鈍な十兵衛に五重塔の仕事を全て譲るというのがこの物語の極点であって、私としては源太の方が善良な近代的人間性を表しているように思った。一方、十兵衛の方はいわばなりふり構わない中世的な人間であって、象徴的に考えれば、この物語は近代的視点から中世的な生き方が肯定されるという仕組みになっていると思う。

ところで本書中、出来たばかりの五重塔が暴風雨に見舞われる描写があって、これは坪内逍遙に激賞されたことで日本文学中の名文とされている。描かれる暴風雨の夜は、単純な風景描写ではなく寓意と象徴の嵐でもあって、このような書き方が可能なのかと驚くほどの、空前にして絶後の表現だ。外国語への翻訳が非常に困難と感じさせる、日本語の一つの到達点である。

文体は文語であるが慣れればそれほど難しくはなく、そのリズムを摑めば割合に読みやすい。現代の基準からすれば一文がたいへん長く、1ページで1文というくらい長い文もあるが、表現は簡潔で品格があり、文の長さはむしろ心地よく感じる。

このような文章はいつまでも読んでいたくなるのである。

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