日本における岩石信仰について整理する本。
岩石信仰とは、「岩石を用いて霊を信仰した信仰体系全般を指す(p.76)」。 つまり岩石そのものを神とみなしたり、岩石が神の依り代となったりする信仰だけでなく、祭祀の中で石が使われたり、特に石を神聖なものとみなしていなくても特別な役割が与えられている場合をも含め、著者は岩石信仰と呼ぶのである。
著者は、岩石信仰を体系的に考察するための学問的基盤を作ろうとしているようだ。
本書では、まずこれまでの岩石信仰の先行研究を整理する。この部分だけでも私には大変参考になった。本居宣長、柳田國男、折口信夫といった先駆者たちの業績、今では学界からは冷笑されているが当時は大きな影響を及ぼした鳥居龍蔵の巨石文明論、神社界から「イハクラ」を研究した遠山正雄、神道考古学を提唱し石神・磐座・磐境の概念整理をした大場磐男、その他民俗学や仏教学からの研究が手際よく紹介される。
そうしたこれまでの岩石信仰研究では、しっかりした学問的枠組みがないまま、自身が「見たいものを見る」式の研究が行われてきたきらいがあった。祀られている巨石をなんでも「 磐座(いわくら)」と見なしたり、それどころかたいして祀られていなくてもそれらしい岩を「 磐座だ」としてしまうようなところがあった。信仰とは外からは見えないものも多いので、研究者がそう言えば地元の人も「あの岩は磐座なんだ」と納得してしまう場合さえあったのである。
そうした反省に基づき、著者は非常に抑制的な態度で岩石信仰を見る。「巨石」とか「磐座」のような曖昧で価値判断を伴う概念を避け、ある程度はっきりと評価できる機能面に注目して岩石信仰を体系的に分類していくのである。
著者の分類では、A. 信仰対象、B.媒体、C.聖跡、D.痕跡、E.祭祀に至らなかったもの、という5つの大分類があり、さらにそれぞれが中・小分類に分かれていく。特にB.媒体は中分類・小分類・その細目があり、例えば「BABB.岩石の上に別の依代が置かれて祭祀される」とか、「BCA.神聖な空間や祭祀空間を示す岩石」といったような細かい分類がアルファベットを用いて規定されている。これは帰納的に作られた分類で、あまり信仰の内面に立ち入らないで構成されたものである。
もちろん全ての岩石信仰の事例がどれか一つのカテゴリに収まるというわけではなく、信仰はいろいろな性格を持っているのでBABB.でありまたBCA.である、といったようなケースも出てくる。そういう重複はありながらも、この分類は誰がやってもある程度似たようなところに決まってくるもののように感じた。けっこう優れた分類である。
ただし、この分類法の欠点は、BABB.とかBCAというようなアルファベットの羅列がわかりづらいことである。もうちょっとわかりやすい表示の仕方はなかったのだろうかと思ってしまった。
それはともかく、このような分類作業を行ってから、ケーススタディとしていろいろな岩石祭祀の事例を提出し、またそれが分類のどこに当たるのかを考察している。先ほど「誰がやってもある程度似たようなところに決まってくる」とは書いたものの、実際には信仰・祭祀がどのようなものであったのかははっきりとはわからない。何しろ、岩石そのものに霊性を感じていたかどうか、というようなことは当時の人に聞いてみないとわからないことで、しかも聞いてみたとしても人それぞれの考えがあったかもしれない。よって著者は様々な状況証拠からそれを考察しており、優れた分類があるからあとは当て嵌めるだけ、というような作業ではないのも事実である。
そしてケーススタディの部分は、当然だが事例列挙的であって、やや行き先を見失いそうになる部分である。どのような意図で提出された事例なのか最初に書いてくれているとわかりやすかったかもしれない。しかしながら、このケーススタディによって、著者が強調する岩石信仰の「多様性」の一端を垣間見ることはできる。
全体として、著者の目的と思える「岩石信仰を体系的に考察するための学問的基盤づくり」は十分に達成している。大げさに言えば、本書は岩石信仰研究の上で画期的なものである。
ただし本書は、著者自身が言うように「木や水などではなく、なぜ岩石を信仰したのかという根源的な問いに対する回答を用意できていない(p.313)」し、岩石信仰は日本人に何をもたらしたのか? といった思想史的な部分についてはほぼ全く手がつけられていない。だが、こうしたより深い研究に移っていくための基盤の部分までで本書を終わらせたのは、物足りない感じがする一方で好感も持った。あくまでも学問的な姿勢を崩さず、安易に「岩石信仰とは…」と語らないのが本書のよさである。今後のさらなる研究に期待したい。
なお、岩石信仰の分類では、石仏・磨崖仏・墓石のようなものは対象外になっているようである。石で作られる祭祀の道具といえば誰でも真っ先に墓石が思いつくし、本書でも紹介される大護八郎『石神信仰』、五来重『石の宗教』などの先行研究でも、そうしたものが「岩石信仰」の中心をなしている。石仏などはあくまでも素材としての利用だからということで省いたのだろうか。どのような整理を行ったのか記述してもらいたかったところである。
岩石信仰に学問的基盤を与えた画期的な本。
【関連書籍の読書メモ】
『石の宗教』五来 重 著
https://shomotsushuyu.blogspot.com/2020/05/blog-post.html
石仏を民間宗教の側から読み解く。石仏の奥にある、石自体の神聖性に着目した刮目すべき本。
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