2018年7月19日木曜日

『長距離走者の孤独』アラン・シリトー著、丸谷才一/河野一郎 訳

シリトーの第一短編集。

表題作『長距離走者の孤独』の主題は、「大人の気に入る人間になんて、なってやるもんか」である。主人公スミスは盗みの罪によって感化院に入れられ、クロスカントリーの選手に見込まれる。その大会において、スミスは一位でゴール手前まで来るものの、所長のために1位を獲りたくないという反抗心からわざとスピードを落とし2位になった。

本作はこのスミスの心理を、クロスカントリーの息づかい、疾走のリズムを用いて丁寧に描写していくものであり、痛々しいまでの反抗心が鮮やかに表現されている。

問題となっているのはスミス曰く「誠実」さである。大人のまやかしの世界を拒絶しているスミスは、どうしようもない札付きのワルで、ウソつきだが、彼なりの論理で、大人の世界の虚構を見破っており、自分はそこに「誠実」に勝負しようと挑むのである。といっても、何かを変えようということはない。それは出口のない抵抗、抵抗のための抵抗なのだ。

その閉塞感は、本書に収録された多くの短編にも共通している。それは若さゆえの出口のなさだけではなく、戦争に翻弄される下層民の悲しさもある。戦争はこれらの短編のメインテーマではないが、それは通奏低音のように常に鳴り響いている。そして舞台はいつも下層民の、その日暮らしの生活だ。

私が非常に心に残ったのは、『漁船の絵』という作品。これはある夫婦が一度は別居状態になりながら、短い期間心の交流のようなものを取り戻すという筋書きのもの。心理描写はあっさりとしていて、別居中の奥さんとのよそよそしい会話もしごく簡潔であるが、主人公の心情が手に取るように伝わってくる。不思議なリアリズムと言うほかない。人生のはかなさ、悲しさといったものを感じさせる作品だ。

底辺の生活を共感の眼差しで描写した傑作短編集。


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