本編は『韓非子』全55編の中から、主要な30編を日本語訳したものである。韓非は中国の戦国時代の末期、韓の公子として生まれた。彼は荀子の弟子となったが、生まれつき口が吃りでうまく喋れなかった。華麗な弁舌で思想や政策を説く儒家や墨家が貧窮の徒であったのとは対照的で、この境遇はその思想にも反映しているものと考えられる。
韓非の思想を一言でまとめれば、「人間不信の君主論」である。
韓非は、人間を利己的存在だと見なした。であるから信賞必罰以外にはその行動はコントロールできないのだという。儒家のみならず、多くの思想家が仁義礼智といった道徳によって社会規範を確立しようとしたのに比べ、韓非はそういった内面的なものを一切信じない。信じないどころか有害なものと見なす。君主はアメと鞭によって臣下を使役すべきであるが、もしそうしたものに靡かない臣下がいれば、それは殺してしまうしかない、と韓非は述べている。人間の良心や内面的な欲求というものを徹頭徹尾信じなかったのが韓非である。
しかし韓非がそのような人間不信に陥ったのも無理はない。当時は戦国時代の末期であり、血で血を洗う戦争が行われていた。しかも政治は混乱しており、有能で廉潔な士が冷や飯を食わされる一方で、自己の利益しか顧みない口先だけの奸臣が君主に取り入って幅をきかせていた。本来政治に携わるべきでない無能で有害なものが私利私欲のために国家を食い物にしていたのが韓非の時代であった。韓非の憂憤はその文章のみでも伝わって余りある。
では、一体どうすれば君主はそのような奸臣に蝕まれずにすむか。韓非に依れば、まず君主は誰も信じてはいけないという。たとえ家族であってもである。子に裏切られて弑されることも多いのだから、わが子すら警戒しなければならないし、愛妾などもってのほかである。
そして自らの好みや感情を表すことなく、常に冷徹で冷静でなければならない。なぜなら君主の好みが明らかになると、それに合わせて取り入ろうとする奸臣が出てくるからである。さらに臣下に対しては徹底的に言行一致させる。口だけうまくて何もしない無能な臣下を排除するためである。ただしこれは簡単ではない。臣下は君主に都合の良い報告しかしないからだ。であるから、君主は臣下の言葉が真実であるか検証しなくてはならない。そして計画されたものより成果が足りなかったらもちろん処罰し、多くても処罰する。計画以上に達成するのも言行不一致であり、それは君主に対する罪なのである。
このように、韓非の考えでは君主であることは決して楽ではない。諸子百家の他の思想家と違う点はここである。韓非と同じ法家の管子などは「優秀な宰相と法律の体系さえあれば、君主は何もしなくてよろしい。無為自然である」というようなことを言っている。儒家などもこのような調子で、「君主の仕事は人事であり、優秀な人材を配置したら後は君主の仕事はない」というような主張がある。これらの主張は、君主の責任を人事や立法に限定するものだから、君主にとっては都合がよかったに違いない。
ところが韓非では、国家運営の究極の責任は全て君主にあり、国が栄えるも滅ぶも君主次第、もし国が傾いたとすればそれは君主が悪い、と君主の責任を糾弾する姿勢が鮮明である。こういうことを遠慮仮借なく主張したのが韓非らしいところである。これは韓非が公子という身分であったためだろう。
しかし君主やそれを取り巻く重臣にはこのような正論が受け入れづらいことは韓非にもよくわかっていた。「説難(ぜいなん)」という篇には、政策を説く危険性が縷々述べられている。君主が元来持っている性向と合致しない政策は、いかに正しいものであっても受け入れられる可能性は少ない。それどころかそういうことを説く論客は我が身を危うくすると警告している。そのような危険性を十分認識していながら、使節として秦に赴いたとき韓非自身がその非運にあって、あろうことか相弟子の李斯に殺されてしまうのである。
ただし、それは秦の王(後の始皇帝)に疎まれたためではない。それどころか秦王は『韓非子』の「孤憤」と「五蠹(ごこ)」の2篇を読んで「この作者に会えるなら死んでもよい」と述べたと伝えられる。李斯は韓非が秦王に重用されるのを怖れて殺したのである。実際、秦王が始皇帝になると韓非の政治理論は実行に移された。李斯の文章や、その筆と考えられる始皇帝の告諭を見ると『韓非子』の剽窃に近いものが感じられるという。
始皇帝が実行した『韓非子』の政治理論の中心は法治主義である。『韓非子』では、法を厳密に実行することによって統治する方策が述べられている。しかし他の法家との大きな違いは、法を至上のものとするのではなく、あくまでも統治の道具と見なす考えである。『管子』では、緻密な法体系があれば君主のやるべきことはなにもなく、むしろ君主すらも法令に従う必要があるとしていたのに、『韓非子』では立法と行政はどちらが欠けてもだめで、また君主は法の上に君臨しなければならないと考えている。
法家思想の流れを考えると『韓非子』はその集大成に位置するのであるが、法の下の平等など近代法学に合致するのは『管子』の方で、『韓非子』はそういう近代法学的な部分は却って後退して、法が政治理論の一つの道具になっているように見受けられる。韓非にとっては君主絶対主義が重要で、法治主義はそれを支えるものに過ぎなかったようだ。
私は『韓非子』を読みながら、他の諸子百家の思想家と比べ何か物足りなさを感じざるを得なかった。文章は憂憤の情に溢れて激越であり、説得力も高い。特に始皇帝が唸った「五蠹」などは非常なる名篇である。しかしながら、その人間理解の皮相さに、「本当にそうだろうか、人間とは?」と自問してしまうのである。韓非によればほとんど全ての人間は利に従って行動するという。であるにしても、手近にある小さな利益と、辛抱して得られる大きな利益を比べた時にどう行動するかは千差万別であろう。利益を求めるにしても、何の利益をどのように求めるかを考えなくては人間の行動は理解できない。
しかし『韓非子』では、皆がみな刹那的な利益ばかりを求めるとでも言わんばかりなのである。もちろんこれは韓非の生きた時代が戦乱の世であったことによるのだろう。人々が刹那的な生き方をするのも当然である。ところがここに一つの矛盾がある(←ちなみに「矛盾」という言葉は『韓非子』が出典)。韓非の言うような統治を行うとして、それで君主が得られる利益はなんなのかということだ。
韓非の描く君主像は、とても幸福とはほど通い。誰も信じず、愛さず、好みは隠し、安逸を許されることもなく、冷徹で、お気に入りの臣下を贔屓することもできない。まるでロボットのような君主を演じなくてはならないからだ。ではそうした人間を演じることで、君主の得られる利益は何なのか? 『韓非子』によれば、それはひとえに他国に勝つということなのである。確かにそれは大きな利益には違いない。だが普通の君主は、贅沢をしたり美姫をかしづかせたり、親族の栄達を図ることに実際の利益を見出しており、他国に勝つというのはそのための方策に過ぎない。『韓非子』の人間不信を君主に向ければ、当然君主すらそうした卑近な欲望に従って生きているとせざるを得ないのである。
だが『韓非子』では、君主は他国に勝つということを第一の利益として、それ以外の人間的喜びを全て放棄した存在として描かれている。そのようなことがあるだろうか? ありうるとすれば、他国からの脅威を警戒している最中だけだろう。『韓非子』の説く政治理論はきわめて現実的であるにも関わらず、その君主像は空想的ですらある。
つまり『韓非子』では、人間をどう見るかという視点が一貫していない。だから『韓非子』は「人間の学」として見れば破綻していると思う。韓非は、古の聖人の統治は立派なものであったとしながらも、「世異なれば事(こと)異なる」と言って、そのような統治は今の世には現実的でないと言う。古の聖人のような立派な君主は今はいないし、民衆の方も昔とは違ってしまっているからだ。だから凡庸な君主でも実行可能な政治理論が必要だというのである。
それなのに『韓非子』の描く君主は、およそ不可能なほどストイックに統治を行うロボットのような人間にならざるをえなかった。それが『韓非子』のいきついた矛盾であったのである。
諸子百家の君主論の究極であるとともに、皮相的な人間理解に限界を感じる悲劇の書。
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