2019年9月5日木曜日

『日本の歴史 (8) 蒙古襲来』黒田 俊雄 著

蒙古襲来からの鎌倉幕府の滅亡までを描く。

本書は、後に「黒田史学」を打ち立てることになる黒田俊雄が、39歳の時に書いたもので、若い研究者の意気軒昂さと斬新な観点による考察が不思議と統合され、歴史書ながら非常に引き込まれる。

蒙古襲来を基軸にして鎌倉後期を書くというスタイルは、今でこそ多くの日本通史に見られるが、それは本書を嚆矢とすると言う(海津一朗の「解説」より)。蒙古襲来は一時の外圧だったし、偶発的な事件ではあったが、鎌倉幕府の体制のほころびを垣間見せるものだった。

だが本書に占める蒙古襲来の分量は3分の1程度に過ぎない。残りの3分の2は、社会がどのように分裂していったのかということを様々な角度から描いている。

例えば宗教的には、日蓮の預言的な言論と一遍の教団が大きく取り上げられる。世紀末的な色彩を帯びた一遍の教団(のちの時宗)は、社会の終末を強く予感させたものであり、教団内では入水往生(自殺)がたびたび行われた。

さらに農民たちが次第に領主と対決するようになった経緯、地頭と領家(その土地の名義上の持ち主と、現場監督者である雑掌)の対決、封建的主従関係から飛びだして傭兵や独立的開拓領主となった「悪党」の横行、御家人の没落とその救済策の色々、そして天皇家の分裂(大覚寺統と持明院統)などが詳述される。

つまりこの時代、下は農民から上は天皇家に至るまで、既存の制度からこぼれ出て行ったのである。執権北条家は御家人の救済に努めて領地の回復を図り、悪党を取り締まってはいた。そして表面的には安定した治世を実現しているかに見えた。しかし結局それは社会の矛盾を糊塗しているに過ぎず、そのために独裁制へとなだれ込んでいくのである。こうして鎌倉幕府を支えていた各種の基盤はいつのまにか蚕食され、後醍醐天皇を担いだ謀叛が起こり、続いて楠木正成や足利尊氏が挙兵、あっけなく鎌倉幕府は倒れた。

本書は、若書きの作品であり後の「黒田史学」(例えば「権門体制論」:鎌倉幕府は国家ではない、など)と異質な史観によっているため、現在では評価が難しい本だという。しかし前提知識をあまり持っていない人が読んでもわかりやすく、歴史のダイナミックな動きを様々な側面で捉え、しかも退屈させないという点で、非常に優れた歴史書だと私は思った。

蒙古襲来を起点として鎌倉末期の諸相を描いた良書。


0 件のコメント:

コメントを投稿