2017年5月19日金曜日

『食物と歴史』レイ・タナヒル著、小野村 正敏 訳

人間はどのようなものを食べてきたか、を先史時代から現代まで概観する本。

本書は『食物と歴史』というタイトルだが、原題は"FOOD IN HISTORY"であり、素直に訳せば「歴史における食べ物」であろう。食物の供給と消費が歴史を動かす力になったケースは多々あるが、それを強いてテーマにしているわけではなく、歴史の中に生きてきた人々がどのようなものを、どうやって食べてきたのか、ということを、淡々と、しかし世界史的に述べた本である。

近年になって、こういう「モノの世界史」とでも言うべきテーマの本は数多く出されているし、食文化の歴史の研究はちょっとした流行にもなっているくらいだが、原書出版時(1973年)には、本書はこうした分野におけるまさに嚆矢だったのではないかと思う。

食文化の世界史という初めての試みであるため、それぞれの記述についてはさほど綿密な考証を経ていないように感じられる。しかし、ともかくも先史時代から現代まで、どういったものが生産され、調理され、消費されてきたか、ということを統一的に記述したことは画期的である。しかも、とても柔らかい語り口で、大変に読みやすく、大著であるにも関わらずスラスラと読める。とはいっても編集は硬派であって、横書きで版組みされて、定訳がないような単語や人名にはいちいち原語が表示してあり、参考文献や注は丁寧である。その上図版も豊富であり、非常なる労作でしかも信頼できる本である。

本書を読んで、食文化の歴史において重要な要素が3つあると感じた。

第1に、安定的な穀物の供給である。これが人間社会の基礎をつくる。これがうまくいかなくなるとき、その文明は崩壊してしまう。

第2に、畜肉の供給である。肉は人間社会にとって様々な意味合いを持つ食品であり、単なるタンパク質と脂肪の供給源ではない。だがその供給は不安定であり、特に冬期には干し肉や塩蔵肉を食べなくてはならないことからヨーロッパではスパイスへの強い志向が生じた。

第3に、奢侈としての食事である。富める人々にとって食事はほとんど遊興であったように思われる。しかも中世には、美味しさよりも素材の貴重さ・珍重さということが重視され、「くじゃくの脳、フラミンゴの舌」といったものが使われたりした。こうした衒学的な料理は、大して美味しくはなかったかもしれないが、料理の可能性を広げることに役だったのだろう。

もちろん、これ以外にも食文化の発展に寄与した事項はいろいろあって、調理道具の進歩、テーブルマナーの変遷、流通や保存法の改善といったものもかなり重要である。

本書は、あるテーマの下に歴史を概観するものではなくて淡々と食文化の歴史を語っていくものであるから、そこに大上段で構えた主張があるわけでもなく、何かが分かった気になれるような本ではないが、記述の端々にヒントが隠されているようなところがあり、さらなる考究へ誘う出発点のような本であると思う。

食べものの来し方行く末を考えさせる非常なる労作。

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