2017年2月23日木曜日

『国家神道と日本人』島薗 進 著

明治維新から現在に至るまでの「国家神道」を概観する本。

国家神道とは何だったのか? 村上重良の古典的研究(『国家神道』)をはじめ、それを批判した葦津珍彦ら神道側からの反論、これまでも様々な立場からの研究が行われてきた。しかし著者によれば、それらの研究は神社神道、すなわち神社界の動向を中心に据えすぎており、皇室祭祀が十分に取り上げられていなかったという。本書は、こうした点を踏まえ、先行研究を批判しつつより広い視座に立って「国家神道とは何だったのか?」を検証していくものである。

本書第1章および第2章では、国家神道の位置づけや、それがどう捉えられて来たかを解説する。国家神道というと分かったつもりになっているものであるが、改めてそれが何かを説明するのは難しい。例えば、国家神道とは宗教だったのだろうか? その中心に神話から続く万世一系の天皇への崇敬や皇室祭祀といったものがある以上、宗教的な色彩があることは確実だが、その完成形においては国家神道は宗教とは位置づけられなかった。

明治維新では「祭政一致」が志向され、国家は宗教を全て管理し神道を国教化しようとしたが、神道は宗教勢力としては脆弱であり、仏教やキリスト教の反対によりこれは一度は頓挫した。また政教分離や信教の自由といった問題も惹起することから、「神道は宗教ではない」という整理にされてしまった。人びとは、倫理感や死生観といった「私」の領域では仏教やキリスト教を信仰しながら、国家的秩序に関わる「公」の領域では神道に従うという宗教的二重構造を生きることになった。

そうした二重構造を可能にしたのは、神社界の働きかけよりも、記念式典などの国家的行事や学校教育の力が非常に大きかった。特に「教育勅語」の影響は甚大であり、「それが国民自身によって読み上げられ、記憶され、身についた生き方となった」(本書p.39)という意味で、教育勅語は国家神道の教典的な役割を果たした。

第3章では、どうやって国家神道が形作られたか述べる。維新政府は成立当初より国家神道の創出を構想していた。そのため、数々の新たな皇室祭祀体系を考案したり、伊勢神宮を国家の神社として作りかえ、全国の神社を皇室を頂点とするヒエラルキーにまとめたりした。ではそうしたことが明治政府の急ごしらえの思いつきだったかというとそうでもなく、幕末期からの国学の興隆がそれを準備していた。

具体的には、長州藩に隣接する津和野藩の大国隆正の思想が大きく影響しているようだ。津和野藩主の亀井茲監(これみ)は大国の思想に基づき、明治維新前に神仏分離や神葬祭を行っていたが、津和野藩は長州藩の盟友として維新勢力の王政復古のプログラムに携わり、亀井の神社政策は明治政府でも踏襲されることになる。この津和野派はやがて神道行政を牛耳って祭政一致路線を選択していく。伊藤博文など非宗教路線を指向する勢力と妥協しつつも、彼らの思想は後に生みだされる「国家神道」の青写真となった。

第4章と第5章は、教育勅語以降から戦後を取り扱う。国家神道は、それを構想した人も思いも寄らなかったほど強力に発展していった。当初は国家からの強制の意味合いが強かったものが、次第に民衆側からその強化が叫ばれ出す。これを本書では「下からの国家神道」運動と呼んでいる。ところが、ここにも二重構造が存在した。というのは、小学校から続く教育過程において祭祀王としての天皇が徹底的に教え込まれ、民衆のレベルでは天皇は絶対不可侵の存在となっていたが、高等教育以上のエリートには天皇が「天皇機関説」的なものとして捉えられ、実質的には天皇の権力はほとんどなく、官僚機構が自由に操れる存在となっていた。

戦後、GHQは「神道指令」により国家神道を解体したが、天皇の存在そのものが悪いのではなく、天皇を至上としながらそれを恣意的に操作できる政府こそが問題である、との認識の下、皇室と国家の結びつきこそ弱めたものの、皇室祭祀は皇室の私的な宗教行為と整理されてほとんど存続させられた。しかし国家神道の中心に皇室祭祀がある以上、それが廃止させられなかったことは国家神道の命脈を絶つものではなかった。戦後から時間が経つにつれ、神社勢力は国家と神社の結びつきを改めて強化しようと画策し成功するようになった。例えば、建国記念の日の制定(紀元節復活運動)、伊勢神宮と皇位が不可分だと政府に認めさせること(神宮の真姿顕現運動)、そして行幸する天皇に三種の神器を伴わせること(剣璽御動座復古運動)などだ。こうなってくると、国家神道が全く解体されたとは言えなくなってくる。今でも国家神道は存続している、というのが本書における著者の大きな主張である。政府が右傾化し神道的なものが擡頭しつつある現在、本書の主張はより切実に迫ってくる。

国家神道の歴史書であると同時に、現代の社会にまで大きな影響を与え続けている国家神道の動きにも留意した、小著ながら充実した本。

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