2021年10月8日金曜日

『石仏の旅 西日本編』庚申懇話会編

石仏を巡る旅のモデルコースを紹介する本。

本書は、普通の旅行ガイドとはちょっと違う。有名な石仏を巡るのではなくて、有名ではなくても、見所のある・変わった・興味深い石仏を見、そして(驚くべきことに)その旅の途上にある何気ない石仏にまで注意を向けるものだからである。

本書の構成は、西日本の各県(県単位でないのも若干ある)について石仏巡りのモデルコースを設定し、概ね公共の交通機関を使って見に行ける石仏を紹介する、というものである。このような、地味ではあるが極めて文化的な旅のガイドブックが出版されていた、というだけで素晴らしいことである。

また、こうしたガイドブックを作った「庚申懇話会」の活動もすごい。「庚申懇話会」は全国に会員を有し、庚申塔の研究は元より路傍の石仏までも含めて研究し続けた団体である。これを主宰していた小花波平六(こばなわ・へいろく)さんにも興味が湧いた。

本書は西日本各県の石仏を網羅的に紹介するものではなく、いわばハイライトするものであるから、各県の特徴がよく出ていて面白い。

例えば和歌山にある「不食供養碑」のことは初めて知った。これは女性(未成年も含む)が毎月1日、3年3月の間断食をして供養をする信仰のようだ。「紀の川沿いの旅はまた、不食供養碑をたずねる旅でもある(p.48)」というほど多くの「不食供養碑」があるそうだ。

それから京都市内には江戸期の庚申塔が1基を除き存在しないのだそうだ。あれほど全国を席巻した庚申信仰が京都市内でほとんど存在しないというのはなぜなのか。本書でもその理由はわからないとされている。

滋賀県は本格的な磨崖仏があり、また「宝塔、宝篋印塔の一大天国(p.75)」なのだそうだ。富川磨崖仏、狛坂磨崖仏、妙光寺山地蔵磨崖仏などが紹介されており、特に狛坂磨崖仏については「花崗岩半肉彫り磨崖仏ではわが国で最も雄大なもの(p.78)」という。

徳島県には板碑が多い。1500〜2000基はあるのだという。私も知らなかったが、徳島県には板碑を作るのに使う青石(緑泥片岩)がよく採れるのだそうだ。

長崎には六地蔵塔が多い。「県下のどこにでもあり、珍しくない(p.168)」というとおり、たくさん紹介されている。私はこれまで六地蔵塔といえば鹿児島県と思っていたが、長崎が強力なライバルだったようだ。鹿児島と長崎の六地蔵塔の比較はこれまで誰もやっていないように思う。

ちなみに鹿児島では、大隅路、薩摩路、指宿周辺の3つのモデルコースが紹介されている。知らなかったのは、蒲生の漆(うるし)にある庚申塔が大永3年(1523)で九州最古のものであるということ。なんでこんなところに九州最古の庚申塔があるのか不思議である。

さらに宮之城には享禄4年(1531)の庚申塔があり、これは九州で2番目に古い。これは塔婆の形式のうえからも貴重な資料だそうだ。なお庚申信仰は鹿児島では田の神と習合しており、県下で19の庚申田の神があるのだという。

また非常に興味を覚えたのは、入来の浦之名麓の古春(こしゅん)にある三十三観音の石塔である。これは鹿児島県にただ1基ある珍しいものだそうだ。いつかぜひ見てみたい。

全体を通じ、全部モノクロなのと写真がそれほど多く掲載されていないこと、また実際に行こうと思ったらちょっと地図が頼りない(大雑把すぎる)ことが欠点であるが、読むだけでも石仏の世界の多様性を感じることができ、非常に優れた本である。このような本が出版される時代がもう一度来ることを期待したい。

地味な石仏の世界を楽しく案内してくれる真に文化的な旅の本。


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