2020年1月18日土曜日

『かつお節と日本人』宮内 泰介・藤林 泰 著

かつお節を巡る近代史。

かつお節は伝統食品ではあるが、庶民にまで普及するようになったのは最近のことで、かつお節の生産量は明治からごく最近まで(戦中・戦後の一時期を除いて)ずっと増え続けてきた。2011年のかつお節の供給量は3万5000トン以上。現代は歴史的に見れば空前のかつお節ブームといえるのだ。

ではそのかつお節はどのように生産されてきたか。 まず明治から大正までは日本国内の産地間競争が起きる。かつお節は伝統食品であっても元来の生産量は僅かだったから、新たな産地が勃興する余地があった。その競争に勝利したのが静岡の焼津である。

またかつお節は軍隊の携行食としても活用された。調理の必要がなく保存性がよいかつお節は軍用食にぴったりであった。戦時中にかつお節になじんだ復員者によって、日清日露戦争後には各地にかつお節の味が伝えられ、日本全体に普及していった。

ところが日本ではカツオは回遊魚であるため年中は穫れない。そこで一年中カツオが回遊している南洋がカツオの漁場として注目され、またそこでのかつお節生産(「南洋節」)が行われることになったのである。言うまでもなくその背景には、日本の軍国主義による南進政策(南洋諸島の植民地化)があった。

まず昭和初期には沖縄と台湾でかつお節生産が広がった。そして植民地化を後押しする政府の後押しを受け、パラオ、ボルネオのシアミル島、インドネシアのビドゥンといったところで日本人がかつお節生産に乗り出す。こうした動きの中心にいたのは沖縄からの移民だった。わずか10年あまりの短期間で、そうしたかつお節生産は企業的に発展し、一部は国策会社へと規模拡大して国内の産地を脅かすほどになった。ところが戦争が激しくなってまともに生産ができなくなり、また敗戦によって南洋節は潰滅することとなった。

敗戦後には一時的にかつお節生産は低迷したが、復興によって再び生産量は増加する。消費量の増加に画期的なインパクトを与えたのが、削り節のパック商品の登場である(1969年)。そしてパックの花カツオは脂があまりのっていない荒節の方が美味しそうに見せることができるので、再び南洋のカツオが注目され、遠洋漁業が盛んになっていった。

またダシやめんつゆなどの商品にかつお節を「贅沢につかう」ことが価値となっていったことで、かつお節は家庭で消費するものというより、そうした商品の原材料としての側面が強くなっていく。 1980年代からのことである。こうなると、かつお節製造会社は大手調味料メーカーの下請けのような形にならざるをえない。価格決定力を大手メーカーに奪われ、より競争が厳しくなっていった。それには、輸入かつお節の増加も一枚噛んでいた。

輸出元はインドネシアのビドゥン。先述の通り、ビドゥンは戦前に日本人によりかつお節生産が行われた街である。その事業の先鞭をつけたのは、鹿児島の坊津生まれの原耕(はら・こう)という人物。1927年(昭和2年)のことであった。そこに沖縄からの移民が加わり、ビドゥンにはかつお節の一大生産地が形作られた。

戦後には生産は一時期途絶えたものの、冷凍カツオ輸出からかつお節製造へと再び発展して行く。それには日本の商社や日本人の生産者も絡んでいた。ビドゥンのかつお節は当初は品質はそれほどでもなかったが、最近では「インドネシア産」を売りに出来るほど品質も高まり、輸入量もどんどん伸びている。

一方で、枕崎や山川(鹿児島)といった国内の産地は、大手メーカーの下請けのような形となったため「空前のかつお節ブーム」の中でも経営は楽ではない。今の生産の中心は高級品の本枯れ節ではなく荒節だ。しかし職人たちは品質を高め、あくまでいいものを作ることで生き残ろうとしている。ところが消費者がそれについてこれるかは心もとない。消費者がかつお節に求めるものはなんなのか。産地にもよくわからない時代なのだ。

本書を読みながら、『バナナと日本人』(鶴見 良行)を髣髴とした。それもそのはずで、本書は『バナナと日本人』に直接間接に影響を受けた人たちの勉強会の成果として執筆されたものだからだ。しかし本書は、同じ南洋を舞台とした開発経済学のフィールドワークでありながら『バナナと日本人』とは大きな違いがある。それは、バナナの場合は国際資本が参画し現地の労働者を巧妙に収奪する体系をつくり上げたのに対し、かつお節の場合はどちらかというと才覚ある個人の動きの集積として産業が出来ていったということだ。

そのため、似たようなテーマを扱いながらも、本書の場合は暗澹たる気分になることがない。かつお節は国際資本が収奪の道具にするにはあまりにもローカル食すぎた。そのおかげで、ある意味では人間的な、そして自由度が高い産業が形作られたのかもしれない。

日本と南洋でのかつお節生産を通して産業の成立発展を垣間見る良書。

【関連書籍】
『バナナと日本人―フィリピン農園と食卓のあいだ』鶴見 良行 著
https://shomotsushuyu.blogspot.com/2017/01/blog-post_30.html
日本人のバナナ需要に応えるため、フィリピンのバナナ・プランテーションがいかにして成立し、またそこで労働者がいかに苦しんでいるかを告発した本。
綿密な調査から、国際資本の商社がいかにしてフィリピン人を合法的に搾取する体制を作ったかを克明に記録した名著。

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