2019年10月14日月曜日

『日本宗教史』末木 文美士 著

古代から現代に到る日本宗教史を概観する本。

本書の対象とする範囲は非常に広く、新書という形式で記述するには無謀なほどである。そのため細かいことは省き、梗概のみの記載に留めている事項も散見され、古代から中世にかけては特に簡略である。このあたりは分量的には2倍くらい欲しかったのが正直なところである。

逆に近世以降の神道論の展開には、結構紙幅を割いているようだった。著者の専門は言うまでもなく仏教の方にあるが、神道論の展開を丁寧に扱っているのが意外であり好感を持った。

一方で、七福神信仰とか観音・地蔵信仰、庚申講といった近世の民衆的な宗教ムーブメントについては全く記載がなく、やや物足りなく感じたのも事実である。

要するに、本書は日本宗教史を描くにあたり、年表的な事実を教科書的にまとめているというよりも、著者なりの視点で大胆に取捨選択がなされているのである。そして「選択」された部分については割合に丁寧に描かれる。であるから、事実の羅列的な部分はほとんどなく、宗教史が一筋の流れとして理解でき、非常に平易である。著者自身が後書きで本書を評して「試論」「たたき台」「大胆な挑戦の書」と述べているように、決定版とはいえない本だが、本書を刺激として様々な考察を広げてゆく可能性を感じさせる本である。

なお、本書は「<古層>の形成・発見」を大きなテーマとしている。精神的変革が求められる時代にあたって、日本人は多くの場合<古層>を参照し、<古層>に返るというスタンスで革新を成し遂げてきた。しかしその<古層>自体が、歴史的事実としての古思想・文化ではなくて、「そうあるはずだった過去」として形成されたものであったというのである。これは各時代で検証しなくてはならない主張なので、妥当なのかどうかは私には判断できないが、著者はなんでもかんでも<古層>を牽強付会しようとはしていないので、読んでいてあまり違和感はなかった。とはいえそれが斬新な視点であるとも思えず、テーマとしての「<古層>の形成・発見」にはさほど魅力を感じなかったというのが正直な感想である。

「<古層>の形成・発見」はピンと来ないが、日本宗教史の詩論として価値ある本。


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