2014年10月20日月曜日

『イスラームの生活と技術』佐藤 次高 著

中世イスラーム世界における、紙の伝播と利用、砂糖の生産と消費について述べた本。

まず内容以前に、「生活と技術」というかなり広い視野を持った書名ながら、実際には紙と砂糖についての本であり看板に偽りがある。

内容については、短くまとめる世界史リブレットなだけあって、かなり簡潔である。本書の中心は砂糖の生産と消費であるが、それに関してはよく纏まっていると思った。一方、オマケ的な位置づけである紙の伝播と利用については、あくまで素材としての紙にのみ注目して書かれているのは少し残念で、やはり紙である以上書かれている内容の方が重要なわけだから、消化不良な感じがした。例えばイスラームの絢爛たる写本文化についてはもう少し考察が加えられてもよいと思う。

それから、砂糖については著者はさらに研究を進め、本書を著して後『砂糖のイスラーム生活史』という、より充実した本を執筆している。中世のイスラーム世界における砂糖生産はただ嗜好品の栽培・生産というだけでなく、世界史的・文化史的に非常に重要であるため、こうしたテーマでより深い本を出してくれることはありがたい。

タイトルと内容が乖離しているが、イスラーム世界における砂糖について手軽に学べる本。

2014年10月14日火曜日

『中世シチリア王国』高山 博著

シチリア王国の歴史本。

シチリアというと、現在のヨーロッパではある意味で辺境の地であるため、高校の世界史などではほとんど登場しない。しかし地中海世界という視点に立ってみると、シチリアはそのほぼ中央に位置し、中世においては交易の拠点でもあり、また文明の結節点でもあった。

すなわち、ビザンツ=ギリシア正教文化、ローマ=カトリック文化、アラブ=イスラーム文化という3つの文化=宗教が混淆し合う場所がシチリアであった。本書は、まさにその3つの文化が交錯した中世シチリア王国の成立、発展を記述する。中世シチリア王国はおおよそ12世紀に栄えた国であり、本書の対象とする時代はかなり短い。歴史書というよりは、中世シチリア王国が存在した歴史的一瞬に注目してみようという本である。

筆の流れは悪くない。かなり煩瑣で複雑な歴史を適度に簡略化して、要点がわかりやすい。一般的な世界史では閑却されがちなシチリア王国が、実は世界史的にも重要でまた興味深い役割を果たしたということが強く述べられていることは、本書の大きな価値である。ただその副作用として、少し概略的な説明すぎる部分もあり、もう少し詳しく知りたいと思う箇所も散見される。新書という体裁である以上、致し方ないが。

もう一つ不満を述べれば、3つの文化を同列に扱っているというより、視点がローマ=カトリックからの記述が多いということである。 シチリア王国という国は、当時の国際社会の枠組みからするとローマ教皇から認められて存在している国なので、これも致し方ないのかもしれない。だが一方で、シチリア王国はギリシア人、フランク人、アラブ人の連合政権であったともみなせるわけだから、やはりこの3つの文化は同列に記述しなければおかしい。本書は、あくまで「(支配者だった)フランク人からみたシチリア王国の歴史」という面が強い。

特に私が興味を持っているのはアラブ人、というかイスラーム勢力で、イスラームの文化がどのくらいシチリア王国に影響を及ぼしているかというのが本書を手に取った主要な動機であった。だが、本書にはイスラーム文化はシチリア王国に大きな影響を及ぼしているという概説は述べるが、さほど具体的なところには踏み込まないし、そもそもアラブ人たちから見たシチリア王国という視点もないので、少し隔靴掻痒な感じがする。

シチリア王国というマイナーな国の貴重な歴史書であるが、フランク人寄りの視点が少し残念な本。

2014年10月12日日曜日

『ピアノ―誕生とその歴史』ヘレン・ライス ホリス著、黒瀬 基郎訳

ピアノの歴史を図像によって辿る本。

本書は、ピアノの発達史というよりも、それを様々な図像によって確認してみようという本である。ピアノそのものが残っている場合はそれを見ればよいとして、ほとんどの古いピアノ(やその前身にあたる楽器)は失われているうえ、特にその姿形も記録されていない。そこで著者は、ピアノが描かれた絵画などをたくさん探し出してきて、隅っこに描かれたそれを興味深く眺めるわけである。

ピアノの歴史というと、まずは構造の変化を見てゆくということが普通だろうが、歴史を物語る主体が絵画であるために、記述はいきおいピアノを取り巻く社会ということになってゆく。絵画の中でピアノは主役ではなく、ある意味では調度品の一つに過ぎないからだ。

音楽を取り巻く社会の変化があり、それが楽器の変化を催し、楽器の変化によって演奏も変わり、そして楽器を演奏する人も変わってゆく。ピアノ発達史としてはシンプルな記述が多いが、どういう社会変化に基づいてピアノが変わっていったのかという物語の方は面白い。

私自身の興味は、ニコラ・ヴィチェンティーノという人が発明したアーキチェンバロという楽器がどのようなもので、ピアノの歴史の中にどのように位置づけられるのかという興味を抱いて本書を取ったのだが、これについては説明する部分がなかった(ただし関連する事項はある)。


イメージによってピアノの歴史が理解できる労作。