シチリア王国の歴史本。
シチリアというと、現在のヨーロッパではある意味で辺境の地であるため、高校の世界史などではほとんど登場しない。しかし地中海世界という視点に立ってみると、シチリアはそのほぼ中央に位置し、中世においては交易の拠点でもあり、また文明の結節点でもあった。
すなわち、ビザンツ=ギリシア正教文化、ローマ=カトリック文化、アラブ=イスラーム文化という3つの文化=宗教が混淆し合う場所がシチリアであった。本書は、まさにその3つの文化が交錯した中世シチリア王国の成立、発展を記述する。中世シチリア王国はおおよそ12世紀に栄えた国であり、本書の対象とする時代はかなり短い。歴史書というよりは、中世シチリア王国が存在した歴史的一瞬に注目してみようという本である。
筆の流れは悪くない。かなり煩瑣で複雑な歴史を適度に簡略化して、要点がわかりやすい。一般的な世界史では閑却されがちなシチリア王国が、実は世界史的にも重要でまた興味深い役割を果たしたということが強く述べられていることは、本書の大きな価値である。ただその副作用として、少し概略的な説明すぎる部分もあり、もう少し詳しく知りたいと思う箇所も散見される。新書という体裁である以上、致し方ないが。
もう一つ不満を述べれば、3つの文化を同列に扱っているというより、視点がローマ=カトリックからの記述が多いということである。 シチリア王国という国は、当時の国際社会の枠組みからするとローマ教皇から認められて存在している国なので、これも致し方ないのかもしれない。だが一方で、シチリア王国はギリシア人、フランク人、アラブ人の連合政権であったともみなせるわけだから、やはりこの3つの文化は同列に記述しなければおかしい。本書は、あくまで「(支配者だった)フランク人からみたシチリア王国の歴史」という面が強い。
特に私が興味を持っているのはアラブ人、というかイスラーム勢力で、イスラームの文化がどのくらいシチリア王国に影響を及ぼしているかというのが本書を手に取った主要な動機であった。だが、本書にはイスラーム文化はシチリア王国に大きな影響を及ぼしているという概説は述べるが、さほど具体的なところには踏み込まないし、そもそもアラブ人たちから見たシチリア王国という視点もないので、少し隔靴掻痒な感じがする。
シチリア王国というマイナーな国の貴重な歴史書であるが、フランク人寄りの視点が少し残念な本。
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