2012年9月7日金曜日
『生活の世界歴史(4) 素顔のローマ人』 弓削 達 著
頽廃するローマの社会を、そこに生きた人々の叙述を通して描き出す本。
本書はローマの社会を学ぶ本ではなく、むしろ頽廃した社会の中で人がどのように生きたかを学ぶ本であり、極めて現代的な側面がある。
よく知られているように、帝政ローマでは拝金主義、奢侈、堕落、不信、嫉妬、残酷、度を超えた美食といった悪徳がはびこり、性の頽廃とそれによる家庭崩壊によって価値観が崩壊し、さらに度重なる戦争も相まって社会が乱れに乱れていた。
もちろん現代から見ても先進的な制度や、誇るべき言論もあったが、全体として社会は卑俗なものとなっていた。だがそこで生きる人の中にも、悪徳を告発し、高貴な精神を保ちたいと願った人はいて、それが本書の主人公だ。
具体的には、哲学者としても名高いセネカ、『博物誌』を書いた大プリニウスの甥の小プリニウスが中心になる。彼らは社会の悪徳を嫌悪しつつも、その社会の中で勝ち上がった現実的な人間であった。そして、そうした勝ち組も冷ややかに見つめるのが、詩人のマールティアーリスであり、彼の毒舌が本書のアクセントとなっている。
この中で最も魅力的なのがセネカで、「自らもまた罪と悪に染まったところの、この社会における加害者の一人たることを嫌悪をもって実感しつつも、加害者たることをやめ切れず、罪と悪から逃れえない心の弱さと矛盾に悩む奈落の底から、救いを求める求道者がセネカであった」(p.92)という説明に要約されるように、複雑な内省を抱えた憎めない人間像に惹かれる。
本書の難点としては、資料の引用が非常に多く、時に冗長であることだ。当時のローマ人の手紙の長ったらしさは異常で、それを抜粋とは言えかなりの分量引用するので読むのが疲れる。もう少し簡潔に叙述できたのではないかという気もするが、当時の雰囲気をよく理解することができるという利点もある。社会が乱れつつある今、帝政ローマで何が起こったかを知ることは有益だろう。
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