マンダラを中心として密教の考え方に触れる本。
本書は、主に3つの内容で構成される。
第1に、密教がインドに発生してから日本に伝来し、発展していくまでの歴史である。日本に来るまでの歴史は簡略であるがよく要点がまとまっておりわかりやすい。日本が受容した密教は「中期密教」であり、「後期密教」(チベット密教として今も生きる)は、日本まで伝来していたもののほぼ影響を与えなかったとの指摘が興味を引いた。
第2に、密教の教義の要点である。密教は本来対立する「聖と俗」を接続するということにポイントがある。その象徴が「即身成仏」だ。即ち、煩悩にまみれた凡人たる自分が、そのまま仏そのものであると認知すること、いわゆる「煩悩即菩提」の考え方である。これは、非常に長い時間を要する厳しい修行によって悟りの境地に到ろうとする旧大乗仏教への批判の意味合いもあったのではないかと著者は言う。一方で密教は「煩悩即菩提」を認知(考え方)の問題とせず、そこに到るための実践的手法も種々用意した。修法(しゅほう=仏への供養)、護摩、加行(=段階的修行)、灌頂、阿字観、遍路などである。
また密教では、「密厳(みつごん)国土」の思想もポイントとなる。密厳国土とは、理想化された仏の美しい世界のことであるが、密教ではこれが現に我々が住む世界と本質的に異ならないとする。ところで私は、「煩悩即菩提」も「密厳国土」も、禅宗とかなり類似しているように思った。 「煩悩即菩提」は、中国南方の「頓悟禅」も同じ考え方をするし、例えば道元が自然の姿がそのまま悟りの世界だと考えたように、禅宗でも「密厳国土」的な世界観は根強いのである。禅宗と密教は表面的には全く違うが、思想内容には共鳴する部分が大きい。
なお密教が「日本文化の地下水脈」であるとして、密教が日本文化に与えた影響や文物も述べられているが、その項目はあまりに簡略でありやや物足りない印象である。
そして第3に、マンダラの解説である。マンダラは密教の世界観を集大成するものとして詳しく説明される。しかし教義との接続については若干説明不足で、なぜマンダラが重要なのかはいまいちピンと来なかった。一方解説の内容は丁寧で、マンダラの構造、仏たち(仏、菩薩、天など)、胎蔵界と金剛界の違い、信仰、そして発展・変化して生みだされたマンダラや各国のマンダラの違いなどが述べられている。
特に印象に残ったのは、インドで生みだされたマンダラは仏たちの集積なだけではなく、その外側にマンダラを護る構造があったのに、日本ではそういう構造は捨象されて仏だけになった、というところだ。一方分からなかったのは、なぜわざわざ密教の世界観はマンダラとして表現されたのか、という根本的なところである。マンダラの歴史も本書にはあまり述べられておらず、例えば最古のマンダラはなんなのかといったこともわからない。要するに、本書は「マンダラとはこうですよ」という描写をしているのであって、「マンダラとはそもそも何か」という問題提起はない。それから参考図版があまりない上に、印刷が小さいのでよく分からない点も多かった。図版はもっと豊富にあった方がよかった。
なお全体を通じて、密教は素晴らしいとするやや我田引水な(著者は真言宗の寺院の住職でもある)見解が多いのも気になった。また「どうしてそうなのか」ということにはあまり触れずに表面的な説明で終始している部分もあり、内容はあまり学術的ではない。というのも、本書は元々「NHK市民大学」のテキストを下敷きに書かれたものであり、一般向けにわかりやすく密教のポイントを説くことに重点が置かれたようである。
平易な解説による一般向けの密教入門書。
【関連書籍の読書メモ】
『密教―インドから日本への伝承』松長 有慶 著
https://shomotsushuyu.blogspot.com/2018/09/blog-post.html
密教が日本に伝わってくるまでの、その教えを受け継いだ人々について述べる本。密教の歴史についてはこの本が詳しく、また学術的である。
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