2019年12月25日水曜日

『古寺巡礼』和辻 哲郎 著

奈良の古刹見聞記。

和辻哲郎はこの見聞記をどのような気持ちで書いたのだろう。内容は恬淡としたもので、訪問した寺の先々で寺院建築や仏像の素晴らしさに感激し、またその故事来歴に思いをいたすというものである。特に西域からの文化交渉、ギリシア的なるものの東洋的変容、日本的変容については頻繁に洞察されている。

しかし本書は、どうやらそうした考察を展開するためにかかれたものではなさそうだ。いわば「手慰み」といった雰囲気が漂っているのである。実際本書は刊行するために書いたものではないらしい。そしてそれが却って清新な魅力を生み、本書は寺院観賞の一つの基本的態度さえも形作った。

その態度は、仏像や寺院建築を美術品として観賞しながら、しかも宗教的意味合いを閑却せず、文化史的な知識を用いて読み解くというものである。日本の仏教美術を「発見」したフェノロサや岡倉天心があくまでそれを美術品として見ていたのと違い、そこに信仰の持つ意味合いを加味したのが和辻の新味であった。

しかし和辻は、仏教美術を信仰の対象として見ながらも、「これは有り難い仏さまだ」といった宗教的な感興を極力廃しているように見える。書名に「巡礼」とあるにも関わらず巡礼的態度は微塵もない。和辻は信仰の対象としては少し距離を置きつつ、「日本とは何か」というテーマの下に仏教美術を解きほぐそうとした。フェノロサや岡倉天心が「美術」としてそれらを見たとすれば、和辻は「研究対象」としてそれを見ていた。

そうでありながら、研究書としてではなく、エッセイとして書かれたということが本書の価値であったと思う。ここには大上段の文化論はないが、鋭い考察に基づいた「感性の日本論」がある。

古寺巡礼で描き出した日本論。

【関連書籍】
『西域文明史概論・西域文化史』羽田 亨 著
https://shomotsushuyu.blogspot.com/2020/02/blog-post.html
西域の文明および文化の概論。和辻がたびたび言及する西域の仏教美術の概説も知れる。


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