2020年2月1日土曜日

『西域文明史概論・西域文化史』羽田 亨 著

西域の文明および文化の概論。

本書には『西域文明史概論』と『西域文化史』が収録されている。『概論』は遺物を中心にして西域の文化をテーマごとに概観するもの、『文化史』は西域の文化史を中心とした歴史概論である。なお両書で「西域」の用語の定義が違うが、広義にはシルクロード諸国、狭義には天山南路と天山北路の間にあたる地域(東トルキスタン——今の中国の新疆ウイグル自治区)を指している。

羽田 亨(とおる)は、内藤湖南、桑原隲蔵(じつぞう)とともに京大において中央アジア史研究の黄金期を築いた人物であり、宮崎市定や田村實造を育てたことでも知られる。本書はその羽田が中央アジアの文化・文明の性格・特徴を世界の学界に先んじて明解に述べたもので、西域史研究における先駆的業績である。

19世紀から20世紀の初めは西域研究が長足の進歩を遂げた時代である。それまで全く未知の世界だった西域が発掘調査によってどんどん明らかになっていった。象徴的なのは楼蘭の発見(へディン)、敦煌文書の発見(スタイン)といったものだろう。こうしたフィールドワーク(といっても当時の考古学はずいぶん乱暴なので現代でいうフィールドワークではない)によってかつての西域の栄華が明らかになっていったのである。

西域は今でこそ沙漠が広がる荒涼とした世界であるが、シルクロードの交易が盛んだった頃は、西に東に隊商が行き交って富が集まり、仏教、ゾロアスター教、マニ教、キリスト教などが競い合うように様々な文化を花開かせた、文字通り東西文明の中心であった。

羽田は、戦前・戦中という厳しい時代背景もあってフィールドワークに出かけることはできなかったが、天才的な語学力によって世界各国の研究成果を糾合した。羽田は英独仏露中の現代語と、中国古典語、トルコ語、モンゴル語、満州語、チベット語、ペルシア語、サンスクリット語などに通じ、文献史学的な手法によって西域の歴史を地道に繙いていった。特に中央アジア出土のウイグル語の宗教的文献の研究は国際的な名声を博した。それまでの西域の文献研究といえば中国の漢文文献によるものしかなかったが、羽田はその語学力によって現地語による文化の解明に端緒をつけたのであった。

本書はそうした地道な研究と、世界各国の研究成果を踏まえ、極めて堅牢かつ慎重に歴史を述べたものであり、現代から見ると誤りもあるものの(特にティムールの項)、西域史の当時の到達点である。特に先見的であったのは、ソグド人の活動を大きく取り上げ、西域におけるソグド人の果たした役割を評価したことである。

それから改めて興味深かったのは、西域の文化は中国にかなり影響を与えたが、逆に中国の文化はあまり西域には影響を与えていない、ということだ。西域では西に東に人が行き交っていたのに、文化の流れは一方方向で、西域はもっぱら西南(ギリシアやインド)からの文化に影響を受け、それは中国にまで伝えられていったのである。西域が中国文化を受け入れるようになるのは、晩唐時代にウイグル人が西域に民族移動してきてからである。ウイグル人は自身あまり高度な文化を持っていなかったので、東西の優れた文化をこだわりなく受け入れた。

なお本書の表記法は現代の読者にはちょっと読みにくい。例えばウイグルは「回鶻」、ティム—ルは「帖木児」と書かれているなどだ。また先述のように、現代の研究水準からは古びた部分がある。もし西域の歴史に関心があれば、羽田 明 他『世界の歴史(10) 西域』(なお著者は羽田 亨の息子)や三上次男・護 雅夫 他『人類文化史(4) 中国文明と内陸アジア』などがオススメである。

ちょっと内容が古いものの、西域史の古典的名著。

【関連書籍】
『シルクロードの天馬』森 豊 著
https://shomotsushuyu.blogspot.com/2017/06/blog-post_11.html
シルクロードにおける天馬の図像史。

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