2019年3月13日水曜日

『支配者とその影(ドキュメント日本人4)』谷川健一、鶴見俊介、村上一郎 編集

社会の上層部に生きた人々の陰影を描く。

「ドキュメント日本人」は、明治から昭和に至るまでの様々な人々を(脈絡なく)取り上げ、日本にとっての近代化・現代の意味を浮かび上がらせるシリーズ。本書はその第4巻。

取り上げられている人は、姉崎嘲風、本田庸一、広瀬武夫、石原莞爾、山県有朋、明治天皇、渋沢栄一、甘粕正彦、大谷光瑞、佐藤紅緑の10人。

取り上げられ方は様々で、評伝(本田庸一)もあるし対談(石原莞爾)、自伝(渋沢栄一)もある。変わり種としては、慰霊祭の祭文(広瀬武夫)も掲載されている。本書は書き下ろしもあるが、それよりも様々な機会に発表されたもののアンソロジーという性格が強く、その脈絡のなさが一種の魅力となっている。

特に面白かったのは、山県有朋について伊藤痴遊が書いた「山県有朋と山城屋事件」。「山城屋事件」とは、山県との繋がりを利用して陸軍の御用商人となった山城屋が、投資のためと称して大量の金を陸軍から引き出し、しかも投資に失敗した上遊興に使いこんだという事件。この事件は証拠書類の湮滅と山城屋の自殺によってうやむやになったが、追って明治六年政変の伏線にもなる重要な事件である。

佐藤愛子(佐藤紅緑の娘)による「わが父・佐藤紅緑」も、ごく簡単なスケッチに過ぎないが忘れがたい一篇。佐藤紅緑は少年小説作家で、反権力でありながら国家主義者でもあり、矛盾に満ちた人物。社会主義者に金をめぐむかと思えば忠君愛国を鼓吹し、本人は軍人が大嫌いであったが軍国主義にも迎合せざるを得なかった。

晩年はただ烈々たる忠君愛国の精神のカタマリとなり、天皇を思い国の前途を憂う日記を書くことだけが唯一の生きがいとなる。ある日、長男八郎(後のサトウハチロー)から差し出された恩賜の煙草に「蓋し佐藤家万代の栄誉にして余が一身及び父母の一大光栄なり」と感動。日記はその日が最後となり、2ヶ月後に死んだ。矛盾を抱えながら生きた男の最期は忘れがたい。


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