2021年1月1日金曜日

『19世紀のピアニストたち』千蔵 八郎 著

19世紀前半のピアニストたちの多様な生き様。

18世紀の終盤から19世紀前半は、まさにピアノの時代であった。ちょうどその頃、ピアノという楽器が長足の進歩を遂げてどんどん表現の幅が広がり、また上層中産階級の家庭に普及した。そしてたくさんのピアニストがデビューし、持てはやされた時代でもあった。

本書は、そうしたピアニストたちの人生を紹介し、生き生きとしたピアノの時代の雰囲気を描くものである。

主に取り上げられているのは、フンメル、クレメンティ、フィールド、ベートーヴェン、カルクブレンナー、モシェレス、アルカン、リスト、ショパン、チェルニー…といったところである。この他、女性の音楽家も数多く登場する。

当時のピアニストの在り方は、今のクラシックのピアニストよりも、ポップスやロックのバンドマンたちに近い。というのは、演奏会を企画開催する団体がほとんどなかったからで、彼らは自身の手でその披露の場を作らなくてはならなかった。

まず演奏会は、人口の多い都市に乗合馬車で向かうところから始まる。当時はまだ鉄道がなく、悪路をゆく乗合馬車を何十時間も乗り継いでヨーロッパ中を巡る必要があった。一つの町で継続的に演奏会に人を呼ぶのは、人口のずっと多い現代でも難しいからだ。それに、録音もジャーナリズムもなかった時代、音楽家として名を上げようと思えば、どうしても自分が出向いて演奏する必要がある。だから、まずピアニストは長時間の移動に耐える体力が必要だった。

目的の都市についたら地域の顔役に挨拶し、演奏会の開催の許可やその協力を取り付ける。ここで重要なのは共演者の確保である。というのは、ヨーロッパ中に名声が轟いているようなピアニストでない限り、たくさんのチケットがいきなり売れるわけはない。そこで、「歌がうまい誰々さんの娘」というような、地元の音楽愛好家に共演してもらうのである。そうすることで、知り合い票によってチケットを売りさばくことができる。そして関係者は多い方がいい。だからこの時代は、ピアニストが単独でリサイタルするということはなく、いろいろな人が演奏したり出し物をするような、今でいう演芸大会のような形のコンサートが行われていた。

もちろん、そこで出演してもらう共演者には主催者であるピアニストが出演料を出す必要がある。チケット収入から、会場費、出演料などを引いた残りが本人の収入となるが、いつの時代も興行とは難しいもので、儲かる時もあれば損する時もあった。この時代のピアニストは、芸術家というよりは「興行主」であり、むちゃくちゃな人生を歩んだ異色の人物が多かったのである。一言でいえば、当時のピアニストはヤクザっぽかった。

しかし、実は彼らの本当の目的は興行収入ではなかった。演奏会で評判がよければ、良家の子女や音楽家志望の若者がレッスンを申し込んでくる。このレッスン料が継続的な収入となったのである。そもそも、移動を含めて演奏会には多大な労力がかかる上、この時代のピアノ技法はどんどん進歩し、一人のピアニストが長い期間に演奏活動を続けることはなかった。だから、いわばイキがいいうちに指導者として認められるか、興行で得たお金で事業を興すなど、次のステップに移っていく必要があったのである。

とはいえ、この時代は「いまのように、名声をあげるすべがたった一つのルートしかないというのに比べれば、はるかに幸福だった(p.64)」といえる。コンクールはまだ存在せず、音楽院はあったがそこでの成績や学閥は、成功にはあまり関係なかった。この点も、バンドマンの世界と似ている部分である。

ちなみに、当時の演奏会は、これまでの説明でもわかるように今のクラシックのコンサートとは全く違うもので、観客は演奏会を社交の場と捉えておしゃべりしたり、時には一緒に歌ったりするような場であったらしい。今のような2時間程度の独演会を初めて開催したのはリストだと言われている。19世紀半ばに、今風の「リサイタル」が確立した。

また、本書の全体を通じて述べられているのが、19世紀前半はピアノの古い奏法と新しい奏法が共存し、競争した時期であったということである。「古い奏法」とは、チェンバロ由来のもので、腕(と掌)を動かさずに指だけを動かして弾くやり方である。この訓練のため、手の甲にコインを置いて、それが落ちないようにピアノを弾くようなことも行われていた。一方、新しい奏法は、腕全体を使って弾く今のやり方である(ベートーヴェンは前世代に属するが、どうやらこっちの弾き方をしていたようだ)。 クレメンティのように、古い奏法で頭角を現しながら、新しい奏法の利点を認めて鞍替えした人もいた。新しい奏法を使って華麗に演奏したリストによって、この共存には終止符が打たれることになった。

本書は、雑誌『ムジカノーヴァ』に連載された記事をまとめたものであり、気軽にスラスラと読める。エピソードによって当時を語るものであるため、ちょっと物足りないところもあるが、普通の音楽史があまり扱わないピアニストのヤクザ的な面が描かれており面白い本である。

【関連書籍の読書メモ】
『カルル・チェルニー—ピアノに囚われた音楽家』グレーテ・ヴェーマイヤー 著、岡 美知子 訳
http://shomotsushuyu.blogspot.com/2020/12/blog-post_31.html
チェルニーの人生を辿り、19世紀前半の音楽シーンを描く。時代に適合しすぎた音楽家チェルニーを描いた力作。


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