仏像の成立を図像学的に述べる本。
インドで仏教が成立した時は、仏像というものはなかった。まず初めに生じたのはストゥーパ(仏塔)の造立である。仏陀は生前、自分の遺体を信仰するのではなく「法(ダルマ)」を拠り所にせよ、と述べておいたにもかかわらず、死後には遺灰の争奪が起こる。人々は抽象的な「法」よりも、具体的な礼拝の対象としての遺灰を有り難がった。
なので、遺灰(舎利)の安置施設であるストゥーパが造営され、礼拝されるようになるのである。このストゥーパの門柱などには、仏陀の生涯を絵解き的に説明する浮き彫りが作られ、仏陀がいかに超人的な生涯をたどったかが喧伝された。インドの民話伝説が次々に仏陀に付託され、またさらに大量の民話が集積されて仏陀の前世譚(ジャータカ)が成立していった。であるから、仏伝は史実としての仏陀の生涯というよりも、インドの口承文芸の世界の集大成のようなものとなり、それを石彫で表したのが最初の仏教芸術であった。紀元前2〜1世紀頃ごろである。
しかしそこでは、仏陀自身は表現されず、仏足とか法輪のようなもので象徴表現された。具象的な絵解きの中で、仏陀があからさまには表現されなかったのは、超越的な存在を普通の人間と同じように表現することへの遠慮があったのだろう。
仏陀を具象的に表現するようになったのは、 2世紀くらい、有名なカニシュカ王の治世からのことで、ギリシア・イランの影響を強く受けたガンダーラと、純インド的なマトゥラーとで同時並行的に起こった。ただし本書ではガンダーラについては詳しく述べるが、マトゥラーについてはちょっと触れるのみである。
最初仏陀は他の登場人物と大きさや衣服などでは区別されなかったが、やがて後背がつけられ、身長も大きく表現されていった。そうした特徴は共有しながらも、ガンダーラでは深刻で荘厳な仏像が作られ、マトゥラーでは明るく官能的な仏像が作られた。
さらに本書では、図像表現の変遷を概観することで、印相(手の形)、特に施無畏印の起源がイラン的な誓約のジェスチャーに起源を持つこと、また菩薩像の登場は仏教が貴族や王侯の保護に依存するようなったためではないか、といったことが推測されている。また各論的に弥勒菩薩と観音菩薩の起源についても関連する彫像を多数挙げて考察している。
本書は西アジアの古代美術や東西文化交流史を研究した著者が一般向けに仏像の起源を語ったものであるが、当時の最新の研究や学説も博引旁証されており、研究史的な部分も充実している。図版(白黒)も豊富で眺めるだけでもかなり仏像彫刻史が理解できる。
ただちょっと物足りなく思ったのは、本書では表現内容については関心が高いが、石材など表現の材質についてはあまり触れていないということだ。どのような石に刻むかによっても表現方法はかなり異なってくる。塑像のストゥッコについても簡略に触れるに過ぎない。もう少し素材の変遷についても取り扱えばさらに理解が進んだと思う。
仏像が産まれた時代を豊富な図版で手軽に学べる良書。
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