著者は『神々の体系』で、記紀―『古事記』『日本書紀』―が藤原氏専制体制の確立のための神話として編纂されたことを主張した。しかしそれはいわばアイデア段階のものとして提示され、論証はさほど丁寧ではなく、古代史家からの反論もあった。そこで本書では前著を補完し、改めてその政治的背景を考察している。
私自身、前著の記述はいまいち全体のつながりがよくわからないところがあった。特に著者が述べる神々の体系、
アメノミナカヌシ→
【高天の原】イザナギ→アマテラス→ニニギ
【根の国】イザナミ→スサノオ→オオクニヌシ
→イワレヒコ(神武天皇)
が、どのように藤原氏専制体制に結びつくのかが前著では不明確だと感じていたのである。本書では、この体系の中に藤原氏の奉ずる神がどう包摂されているのかがまず述べられる。
すなわち、藤原氏の祖先神であるアマノコヤネとタケミカヅチがニニギの天孫降臨で付き従った神として描かれ、しかも『日本書紀』では妙に大活躍していることが指摘される。藤原氏は元来は中臣氏で、藤原不比等の頃に”祭祀をつかさどる中臣氏”と”政治に携わる藤原氏”に改めて分かれた。この際、中臣氏=アマノコヤネ、藤原氏=タケミカヅチと祖先神が整理され、中臣氏と藤原氏の分業体制が確立したと著者は考える。
これは神祇官と太政官が並立することとも無関係ではないだろうという。さらには、『古事記』と『日本書紀』の二本立ては、記が古代豪族への配慮、紀が律令制原理の貫徹を意図するという目的を持ち、中臣氏と藤原氏の分業体制を反映して編纂されたものだというのである(これはやや強引な見方で、本書の後半で著者自身により少し修正されているが細かい話なので割愛する)。
次に、高天の原と根の国の対立と統合については、前著ではその意味があまり描かれていなかった(なお、本書では「タカマノハラ」「ネノクニ」とカタカナ表記になっている。表記を変えた理由は不明)。本書では、高天の原は律令制原理、根の国は氏姓制を象徴するものとし、根の国は「黄泉の国」がいつのまにかすり替えられて、社会的な死者の国に変貌したものであるとする。大王家に服属したものたちが根の国系、大王の仲間たちが高天の原系と整理されて、服属が天孫降臨によって正当化されたというのである。
さらに著者は、記紀編纂のリーダーが藤原不比等であったことや、記紀の編纂年代(6世紀か8世紀か。著者は8世紀説をとる)、天皇という称号の成立の意味についての論証をしているが、いずれも状況証拠の域を出ないものであると感じた。
ともかく、こうした考証を経て、著者は大化改新の際に「神祇革命」が起こったと主張する。その内容は、高い神格を持っていたオオナムチがオオクニヌシの別名とされて根の国に位置づけられる一方、三輪山の神が一豪族の神から国家最高神に生まれ変わって伊勢に祀られるなど、神体系の組み換えが行われたとするものである。
つまり伊勢神宮は、古代律令制の確立に伴って新しく創建されたものなのだ。しかるに伊勢神宮の神事を『皇大神宮儀式帳』(平安時代に書かれたもの)で見てみると、それは「唐文化の影響をもろにうけた天平文化のおもかげを鮮やかに伝えて(p.152)」おり、「伊勢の伝統的神事が、「国粋的」というよりはむしろ「国際的」な色彩を濃厚に帯びている(同)」。さらに著者は神宮の歴史を供犠や遷宮、宮司・祭主・禰宜などの制度の変遷を簡単に振り返り、そうしたものが藤原・中臣氏の影響があったことで整合的に理解できると主張している。
すなわち、律令国家の成立にあたって、国家の側は各地に残る神話や神々を国家的レベルで統合することを企図し、国家(と藤原氏)に都合の良いように体系化した。さらに三輪山の神を辺境の地である伊勢に祀って国家最高神とした。こうしたことが7世紀の後半に行われたというのである。
本書は全体として、状況証拠を積み重ねていく形で論考が進んでいくので、「そうかもしれないが、その確たる証拠はない」という主張が多い。特に記紀の編纂については、やや単純化して考察しているように感じた。例えば、それらが藤原不比等のリーダーシップでまとめられたにしても、なぜ記紀二本立てにされたのかということを、中臣・藤原分業体制に求めるのは少し強引な気がした。そこには定量的・言語学的な分析が何もないためである。
「神祇革命」についても、仮に著者が主張する神話・神統譜の組み換えがあったとしても、それを藤原不比等の作為と比定しうるだけの根拠はなく、単に「天皇家の支配を正当化するため」で十分に説明できるように思う。
一方、そうした欠点を挙げることはできるが、それまでにない視点で神話の構造を考究したという点では、本書は大きな価値を持っている。また「神祇革命」自体については、その眼目が藤原不比等の企みではなかったにせよ、かなり確からしい説であると思われ、面白く読んだ。伊勢神宮の歴史についてはさらに調べてみたいと思う。
記紀神話を新たな視点で読み解いた先駆的な著作。
【関連書籍の読書メモ】
『神々の体系—深層文化の試掘』上山 春平 著
https://shomotsushuyu.blogspot.com/2023/10/blog-post_30.html
日本神話編集の背景を推測する本。藤原氏独占体制と日本神話との関係を探った重要な本。
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