2019年1月17日木曜日

『地図の歴史』織田 武雄 著

地図の歴史を豊富な図版で概観する本。

本書は「世界篇」と「日本篇」の2つのパートに分かれている。「世界篇」では、主に西洋世界において作成された世界地図の変遷が語られ、「日本篇」では、まず日本地図の変遷、そして日本における世界地図の変遷が語られている。なお、日本における世界地図の変遷については、西洋の世界地図をどのように受容したかということと等しいので、これは幕末における洋学の受容を具体的に示すテーマともなっている。

「日本篇」も大変面白いが、出色なのは「世界篇」である。世界地図の変遷というと、技術的な問題のように思われるかも知れないが、それ以上に「世界観」の変遷を物語るもので、多分に心理的側面を含んでいる。

古代・中世の地図には、未見の大陸や奇妙な異邦人(長耳人とか無頭人とか)、遠い海に住む怖ろしい怪物、誰も見たことがない世界の果てといった、空想的なものがまことしやかに描かれていた。もちろんそうしたものが実際に存在すると信じられていたのである。

しかし西洋人の知見が徐々に広がっていくと、地形の誤りが修正されていったのはもちろん、そうした空想的な存在はありはしないのだ、ということが分かってくる。大航海時代には安全な航海を行う必要から世界地図はより正確なものになってくるが、その結果何が起こったか。正確な地形を表すだけでなく、わからない部分は空白にする、という態度が生じたのである。

それまでは、既知の部分とわからない部分は、おそらく地図制作者にも明確に区別されていなかった。 つまり探査されていない部分もわかったつもりになって描かれていた。しかし近代的な地図の精神が芽生えてくると、未知の部分を空白にして残すようになった。これにより、既知と未知がはっきりと区別され、どこにさらなる探査が必要かも分かっていったのである。

世界地図の発展は、地図に書き込むことによってではなく、むしろ曖昧な要素を書き込まないことによってもたらされた。 まさにデカルトが『方法序説』を持って世に問うた「方法的懐疑」の実践がここに見られるのである。この知的な変遷を豊富な図版をもって辿ることは、スリリングでさえあった。

地図の歴史を通して人間の世界観の発展を知れる名著。

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