2021年7月11日日曜日

『廃仏毀釈—寺院・仏像破壊の真実』畑中 章宏 著

各地の廃仏毀釈の事例を述べる本。

本書は、安丸良夫『神々の明治維新—神仏分離と廃仏毀釈』(岩波新書)で描いた廃仏毀釈の経過を、事例面で補足するものである。『神々の〜』は明治政府の宗教政策を包括的に明らかにした名著であるが、廃仏毀釈で何が行われたかについては、象徴的な事例がいくつか引かれるだけで全国の具体例が掲載されていない。また近年刊行された廃仏毀釈関連本では、それが乱暴狼藉だったという一面的な捉え方をしているものが多く、多面的な見方では描かれていない。

そこで著者は、全国の主な信仰の地における廃仏毀釈の経過をまとめ、またその伝承を民俗学的な視点—つまり伝承をそのまま事実として見なすのではなく、なぜその伝承が生まれたのか考察するという見方—で捉えようとした。

具体的には、神仏分離以前のいわゆる「神仏習合」と呼ばれる状態がどうであったのかを簡単に紹介し、それから第1章:日吉社・薩摩藩・隠岐・松本藩と苗木藩の事例を述べる。次に第2章:奈良・京都・宮中・鎌倉の事例、第3章:伊勢・諏訪・住吉・四国の事例、第4章:各地の「権現」がどのように排除されたか、特に山岳信仰と金比羅信仰について述べ、第5章:各地の牛頭天王信仰(八王子・祇園・大和など)の改変、と続く。そして終章において、廃仏毀釈はどの程度”順調に”果たされたのかについて改めて検証している。

ただし最後の検証結果については、『神々の〜』における安丸の叙述や、その他の廃仏毀釈の研究とあまり異ならない。それは、大寺院の僧侶の場合は一部に反抗はあったものの多くは廃仏の指令に素直に従った一方、民衆や地方的な寺院については抵抗するものがけっこういた、というものである。

本書のやや新しいところは、前述の「民俗学的な視点」であり、これまでの廃仏毀釈の本では、例えば興福寺の五重塔が25円で売りに出された、といった伝承がそのまま事実として描かれていたのに比べ、「本当にそういうことがあったのかは分からないが、そういう伝承が残っている」という形で、留保しながら記述されていることである。

それらの伝承は、今となっては事実であったかそれとも誇張であったのかは検証できない。とはいえ廃仏毀釈を免れた仏像とその破壊の伝承が微妙に整合していないことを考えると、一部誇張が混じっているだろう、というのが著者の考えのようである。しかしながら「民俗学的な視点」は本書の全体には貫徹していないように見える。というのは、事例紹介がほとんど公刊されたものや公的な記録(郷土誌とか)に負っており、伝承の聞き取りといったものが行われていないからである。そこはやや期待はずれの点である。

ところで、本書を読みながら、ある地域の廃仏毀釈では堂宇の取り壊しが徹底的に行われているのに、別の地域では堂宇のいくつかが神社の社殿に転用されている、という違いが気になった。神仏分離令では神社から仏教的なものを取り除け、といっているだけなので、 必ずしも建物を壊す必要はない。例えば五重塔のような、完全な仏教建築を壊すのはしょうがないとしても、経堂とか金堂は神社の社殿に転用が可能なのである。にも関わらず、なぜ頑なに全部破却しようとした人がいたのだろうか。建物は残して神社の社殿にしてしまった方が合理的に思えるのに、どうも「壊す」こと自体に価値を置いていたように感じてしまう。やはり暴動的な心理が働いていたのだろう。

それから、明治7〜8年になって廃仏毀釈が行われている事例がいくつか紹介されていて興味を引いた。本書には記載がないが、明治5年には大教院体制が出来て神仏合同の国民教化運動が行われる。つまり明治7〜8年の頃は仏教勢力も国家に協力する立場になっていて、必ずしも一方的に弾圧される存在ではない。にも関わらず「神仏分離令」が停止されていたわけではないため、この頃になっても神仏分離とそれに続く廃仏は行われていたのである。「神仏分離令」はいつくらいまで実効性を持っていたのだろうか。これはさらに検証してみたいところである。

なお、本書では神仏習合の様相が大きく取り上げられており、今のような(仏教的ではない)神社の存在は廃仏毀釈によって生まれたものだということが強調されている。 そして例えば八坂神社については元々が疫病を抑える「牛頭天王」を奉ったものであるのに、神仏分離によって「牛頭天王」が抹消されたためにその信仰内容が不明確になってしまった…というような事例をいくつか引き、神仏分離・廃仏毀釈は単に神社から仏教的要素を取り除いただけでなく、信仰そのものの改変であったとしている。

著者自身が「問題追及の途中経過」と言うとおり、全体的に必ずしも調査内容は重厚ではないが、廃仏毀釈の全国的な動向がまとまっているのは便利であり、「民俗学的な視点」は今後の研究に期待できるものである。

廃仏毀釈の事例集として分かりやすい本。

【関連書籍の読書メモ】
『神々の明治維新—神仏分離と廃仏毀釈』安丸 良夫 著
https://shomotsushuyu.blogspot.com/2018/05/blog-post_2.html
明治初年の神仏分離政策を中心とした、明治政府の神祇行政史。「国家神道」まで繋がる明治初年の宗教的激動を、わかりやすくしかも深く学べる名著。

『廃仏毀釈百年―虐げられつづけた仏たち』佐伯 恵達 著
https://shomotsushuyu.blogspot.com/2018/01/blog-post_11.html
宮崎で行われた廃仏毀釈についてまとめた本。廃仏毀釈や神道の見方はやや一面的なところはあるが、仏教側への考証は緻密で、地元に関する情報が豊富な真摯に書かれた本。地方の廃仏毀釈の実態を探るためには、このくらいの情報量が必要と思う。

 

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