2018年8月26日日曜日

『薩摩の兵児大将―ボッケモン先生青春放浪記』大迫 亘 著

明治末期から昭和初期を舞台にした自伝的小説。

著者大迫亘氏は、明治末期の加世田で士族の子として生まれた。ところが、母親の両親が結婚を認めず父親を加世田から追放。そのショックから母親は精神を病んでしまい、亘は半私生児として祖母によって育てられる。その教育は虐待といってもよいほど厳しいもので、そのために著者は強烈な負けじ魂と命を惜しまない無鉄砲さを持つ悪ガキに育ち、浄福寺という寺跡に住居があったことに因み「浄福院のキッゲ(きちがい)稚児」と呼ばれた。

本書第1章は、その悪ガキの頃の悪逆の伝説である。祖母一人の畑仕事の収入しかないのだから「浄福院のキッゲ」は大変な貧乏であったが、貧乏なだけ一層、士族として偏狂的なまでの自負心を持っていた。そして血を見るケンカが大好きで、手のつけられようのないガキ大将だった。

川辺中学校に入学するといよいよ悪事のスケールも大きくなり、ケンカと無鉄砲さは狂気の度合いを増していく。一方、どういうわけか浄福院のキッゲは芸術に関心を持ち、絵を描いたり詩を書いたりしだし、遂には大坪白夢らと共に同人誌『鴻巣(クルス)』を発刊する(鴻巣とは加世田の地名)。

第2章以降は東京の歯科専門学校に入学してからの話。相変わらず武勇伝の連続。そしてこの頃になると無鉄砲というよりも、女がらみの話が多くなってくる。亘は「不死身の松」なとど呼ばれ、バーを経営したり、屋台の用心棒のような存在となって、昼は専門学校生、夜は半ヤクザとして生活。月に10日は留置所で過ごすというような有様だった。

全体として非常にスピード感がある話ばかりで、特に第1章は一気読みするような面白さがある。第2章以降になるとヤクザ的な部分が出てくるため引っかかる部分もあるが、登場人物が生き生き動いてやはり読まされる作品。

一方、自伝としていながらも、50年以上前のことを非常に細かい点(交わした会話の内容など)まで書いているため、相当脚色もありそうである。悪ガキ時代の話は、自分自身で「残虐だった」としてあまり美化していないが、学生時代以降はかなり美化しているような感じも受けた。しかしこれは当時を知る人だけが判断できることである。

また、物語の本筋とは全く関係ないが、個人的に興味を抱いたことは、大正時代の加世田ではほとんどが神道による葬儀だったとしている点である。浄福院のキッゲは貧乏であったため、バイトとして葬送行列の旗持ちをすることを思い立ち、遂には加世田全体の旗持ちの総元締めとなってみかじめ料を徴収するところまでいく。そういう体験の持ち主が加世田の葬儀は神道が多かったとしているので信頼性が高い。これは私が知らなかった点であった。その他、大正時代の加世田の様子を知ることができると言う点も、地元の人間としては面白い。


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