2015年8月24日月曜日

『土壌微生物の基礎知識』西尾 道徳 著

農業に関係ある土壌微生物について簡潔に説明した本。

農業は土作りが大切だ! とよく言われる。が、土作りとは一体何なのかというのは往々にしてあやふやである。土作りとは、私の理解では土壌微生物の生物相(生態系)を作物の生育の助けとなるように整えることであり、平たく言えば、圃場に生きている微生物の数を増やすことである。

しかし、土壌微生物の世界は未だによくわかっていない。ただ、人間にとって有用な、または有害な微生物、つまり目立つ微生物について分かってきただけである。本書は、そういう農業に関する有用な、または有害な微生物について、基礎的知識を提供するものであり、土壌微生物についての初学者用の教科書のような本である。

本書で最もナルホドと思ったのは、土壌微生物の全体量を規定するのは土壌中の有機炭素の量だというところである。農業をやっていると、窒素やカリウムの量には敏感になるが、炭素の量というのには無頓着になる。植物は、根から炭素を取り込まないし、取り込む必要もない、要するに生育にほどんど関係がないからだ。

だが、多くの微生物にとっては炭素が主食にあたる。これは人間が炭水化物を主要なエネルギー源にしているのと同じである。だが、実は炭素は土壌中に不足しがちである。なぜなら、有機炭素というと、具体的にはセルロースとかヘミセルロース、リグニンといった物質になるが、これらはかなり頑丈な物質であり、なかなか分解できないからである。

特に木質の中心であるリグニンのベンゼン環を完全に分解できるのは、きのこの仲間の白色木材不朽菌だけだということだ。

ちなみに、炭素が微生物の主食とすれば、副食にあたる存在が窒素、リン、イオウだという。農業をやっていれば窒素やリンは十分過ぎるほど補給されるから、微生物層を豊かにしようとする時にボトルネックになるのが炭素なのである。本書には、普段農業をやっていると閑却しがちな炭素の重要性に気づかされた。

また微生物の世界は目に見えないからその変化に気づかないことが多いが、実はかなりダイナミックに変わっているということも心に残った。多細胞生物と違って分裂や死滅といった変化がとても早いから、土壌微生物の世界というのは、極端に言えば雨が降るだけで全然変わってしまう。そういう変化の大きな、動的なものの上に植物は生育しているわけで、そのダイナミズムを理解しなくては本当の意味では植物の栽培は理解しえないのではないかと思わされた。

本書はあくまで土壌微生物の教科書であり、土作りのハウツー本ではないから、土作りという言葉は全然出てこない。本書は、直接農業に活かせるというものではない。だがそのヒントがたくさん詰まっていて、こういう基礎的なものをちゃんと理解した上で農業をやるというのは重要だと思う。

難解な土壌微生物の世界を農業に関連する部分に限ってわかりやすく解説した、手軽だが堅実な本。

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