EUが2012年に出した農協に関する包括的な調査報告書の日本語訳。
今のタイミングでEUが農協に注目するのにはいろいろな理由がある(その一つは「南薩日乗」でも触れた)。
農協の活動が盛んな国(フランスやドイツ)が農業全体も強い傾向があることから、農業振興をしていく上でEUは農協に着目しており、未だ農協が十分に整備されていない国々(特に東欧の旧社会主義国)での農協整備を進めたいという思いがその一つ。
もう一つは、EU域内における小売りの力がものすごく大きくなって来つつあるということ。EUの小売りはたった15のグループに牛耳られている(!)そうで、食品に関して言えばほとんどが110の小売業者の買付窓口を通じて購入されていると推定されている。
考えてみればこれはありそうなことで、EUという巨大な統合市場が出来れば、必然的に強いものが寡占していく流れとなるであろう。そういうわけで、EUの小売業界は少数のスーパーパワーが幅をきかせる状態になっているようだ。だが生産の方は昔ながらの小さな組合が中心で、生産者組織(農協)は何百もある。
そうなると当然、生産者の交渉力は弱くなる。市場を寡占する巨大な小売業者は、農産物を買い叩いて生産者を破滅させることすらできるようになるだろう。
もちろんそうなってしまったら困るので、この巨大な小売業の力に農協は対抗できるのか? ということが重要になってくる。これまで欧州の農協はうまくやってきたにしても、小売業者の力があまりに強くなりすぎた現在、それにどうやって拮抗していけばよいのか、そういう知恵が求められている状況である。要するに、フード・チェーンにおいて農協が小売りと対抗できる力を持つためにはどうすればよいのかということだ。
本書は現状報告書であり提言書ではないので、それに対する直接的な処方箋は書いていない。しかしいくつかの示唆が提示されている。
その一つは、農協の合併(特に国際的な合併)によって農協の規模を大きくすることだ。実際、欧州には1万人以上もの組合員を持つ国際的なメガ農協があって、こうしたところは小売りと十分に対決していける。
だが農協が大規模化すれば、管理者・使用者・投資者が同一である農協は経営が困難になる。組合員一人一票制の下で巨大な組織を運営していくことが困難なことは、日本で言えば相互会社がうまく経営できていない(現実の経営と組織規則上に規定する経営とが乖離している)ことでも例証されている。
他の策は、例えば生産物のブランド化といったようなことが挙げられているが、要するに投資家所有の企業と同じくらい経営を強くしなければならないということである。
ではどうやって経営を強化していったらいいのか。農協の経営を強化する支援策はあるのか、というのが次の問題になる。だがこれに対して、本研究は否定的な見解を述べる。欧州各国の制度、支援策、また歴史的経緯なども考慮した結果、農協の経営(市場規模ではかる)を強くする支援策や制度は存在しないらしいことが明らかになったのである。
ただし、直接的な支援策というわけではないが、未だ小規模な農協に対して、人材育成や技術支援を行うことは発達を助ける上で有効であるとは言っている(だがこれは当たり前すぎることだとは思う)。
逆に、農協の発達を阻害するものはかなり分かってきて、本書はこういうネガティブリストが大変役に立つが、その第一は「信頼の欠如」だという。例えば旧共産主義国で共同農場をやっていたようなところは、(他人を信頼するという素直な意味での)一般的な信頼が低下しているらしく、こういうところでは農協はうまくいかないそうだ。
農協とは相互扶助的な組織であるため、組合員や経営陣が互いを信頼し合うという状況にないと経営がうまくいかないのだという。日本の農協も、経営側と組合員側でかなり信頼が低下している現象が見受けられ、互いに疑心暗鬼になっているところがある。そういう状況では日本の農協の将来も暗い、と思わされた。
ところで本書では、農協を便宜的に8つの部門に分けて研究している。それは、①羊肉、②オリーブ、③ワイン、④穀物、⑤豚肉、⑥砂糖、⑦酪農、⑧果実・野菜、の8つである。このリストを見てすぐに気づくことは、鶏肉および牛肉が除外されているということである。本書を読む上での最初の疑問はなぜ鶏肉と牛肉が研究から外れたのか、ということでこれは本書のどこにも理由が書いていない。欧州では鶏肉・牛肉は農協が取り扱っていないのかとも思ったがそれはありそうにないことである。なんでなんだろうか。
それはともかく、日本の農協のあり方を考える上でも示唆に富む、農協の経営学ともいえる視野の広い本。
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