2021年6月16日水曜日

『ハプスブルク 記憶と場所——都市観相学の試み』トーマス・メディクス 著、三小田 祥久 訳

ハプスブルク帝国の残滓を見つめる旅。

本書は、副題に「都市観相学の試み」とつけられているが、このような学問があるわけではないらしい。それは、観相学——すなわち顔立ちから内面を窺う技術——を都市に応用し、都市の相貌からその内面を覗いてみようというもののようだ。しかし本書は学問的というよりは、エッセイや旅行記に近く、結論じみたものもない。

正直に言えば、私は本書の叙述の半分もピンと来なかった。なぜなら、私は本書に取り上げられる都市の一つも訪問したことがないからで、本書には写真もないため、著者のいうことが現実の場所とどう繋がるのかが全く分からなかったからである。なので以下は甚だ心もとない読書メモである。

本書では、ウィーン、プラハ、ヴェネツィア、ブダペスト、トリエステが取り上げられる。これらはヴェネツィアを除きハプスブルク帝国(ハンガリー=オーストリア二重帝国)の版図に含まれた都市である。著者はこれらの都市に残されたハプスブルク帝国の記憶をその相貌を頼りに辿っていく。

ハプスブルク帝国とは、失敗したもう一つの「ヨーロッパ」である。それは現在の「ヨーロッパ」、即ち「欧州連合」とは違った原理で他民族・多言語を統合しようとし、瓦解した。本書では、そういうことが批評家風に語られるわけではない。しかしなんとなく浮かび上がってくるのは、ハプスブルク帝国という経験が、ヨーロッパに何をもたらしたか、であるように思われる。

それは、ヨーロッパにとって18世紀が何であったのか、ということなのかもしれない。激動の19世紀を迎える前、比較的平穏だったヨーロッパが、その平穏さの中に、暗鬱な火種を宿していたことを、なんとなく都市の相貌からえぐり出しているような気がした。ハプスブルク、という豪華絢爛な言葉のイメージとは逆に、本書から滲み出てくるのはむしろ崩壊の響きである。

しかし実際、本書はそういうものではないのである。著者は都市を巡り、歴史に思いを致す。そのシンプルな営みの中で、都市が置いてきた前近代の記憶をそこはかとなく掘り起こしていくだけなのだ。


0 件のコメント:

コメントを投稿