2021年6月16日水曜日

『時代と人間』堀田 善衛 著

「時代の観察者」を描く本。

本書は、「NHK人間大学 時代と人間」のテキストを単行本化したものである。その内容は、ある時代の中で活躍しつつも、それをどこか醒めた目で見つめた人々を紹介するというもので、鴨長明、藤原定家、法王ボニファティウス、モンテーニュ、ゴヤの6人が取り上げられている。

平安時代、世の中は飢饉、大火事、地震などが立て続けに起こり、人々の暮らしは惨憺たる有様になっていた。そうでありながら、同時に宮廷では、そういう悲惨な現実とはすっかり遊離した『新古今和歌集』のようなシュルレアリスム的でさえある文学が組み立てられつつあった。

鴨長明は、自身でもそうした文学をつくりながら、批評家としてはその限界を認識し、遂には世を捨てて小さな移動式の家で無所有の暮らしをした。そこで彼は、「一人の孤独な、少し大仰なことばを使えば全人間というものに長明はなったのだろう(p.60)」と著者はいう。時代に背を向けるのではなく、むしろ時代をとことんまで見極めた人=「時代の観察者」、それが本書のテーマである。

一方、『新古今和歌集』の中心にいたのが藤原定家である。定家は日記『明月記』を書き続け、時代の様相を記録した。著者は定家が「紅旗征戎我ガ事ニ非ズ(戦争なんて俺の知ったことか)」と書いたのに衝撃を受けて『明月記』にのめり込んでいく。戦時中の日本で、仮にそんなことを書けば非国民と誹られたにもかかわらず、日記とはいえ平安時代に、自由で個人主義的な言論があったのである。

とはいえ『明月記』は変則的な漢文で書かれていて読むのに大変骨が折れる。そこで著者は自分の年齢の分の日記を読む、というやり方で20年以上も『明月記』に付き合い、その時代を見る目を追体験していった。それは平安時代が終わり、武家の時代が始まっていくことのヴィヴィッドな記録であった。

ところ変わって、フランスのモンテーニュ(著者は「ミシェルさん」と呼ぶ)も稀代の「時代の観察者」であった。ミシェルはボルドーの廻船問屋のお坊ちゃんで、当時最高の教育を受け、学校に入る前にラテン語がペラペラだった。長じてはボルドー高等法院の裁判官になったが、13年間務めながら一度も昇進しなかった。ミシェルは、法の公正性に疑問を感じ、裁判が欺瞞に満ちたものであることを見抜いていたからである。そこで39歳の時に公職を辞し、モンテーニュ領のシャトー(城館)へ引っ込んでしまうのである。

そして彼は、シャトーの塔の3階に引きこもって思索に耽った。透徹した目で時代を見つめながら、宗教戦争で荒れ狂う社会とは距離を置き、何者にも囚われない自由な発想で人間とは何か、国家とは何か、権力とは、理性とは…と考え抜いた。このような思索が『エセ—』として残されているということは、人類にとって僥倖であると言わねばならない。

それとは全く違うタイプの「時代の観察者」がゴヤである。彼は宮廷画家であったが、貴族にこびへつらうような宮廷人とは全く違った。それは貴族の時代が終わりを迎えていたからでもあって、絢爛豪華な宮廷文化が内側から腐っていき、新しい時代がわき出すのを皮肉っぽい目で観察していた。そしてナポレオン軍がスペインにやってきてゴヤは悲惨な戦争を目撃する。正視に耐えないような蛮行——それを彼はある程度時間が経ってから銅板に刻みつけた。その連作銅板が『戦争の惨禍』である。

彼は「この絶望を超えてなお生きていくことができるためには、人間がかかるものであることを身を徹して見聞きし、かつ表現しなければならない(p.184)」と言っている。人間の非常に醜いところ、下劣なところをも直視し、なおも進んでいこうとしたところにゴヤのすごみがある。人間なんてこんなものさ、と突き放すのではなく、人間の醜さを引き受けようとしたのがゴヤだった。

ちなみに著者はゴヤに惹かれ、晩年になってスペインに10年間住んでいる。著者は『明月記』を読み解いた『定家明月記抄』を上梓しているが、これもスペインで書かれたものだ。堀田善衛自身が、社会から距離を置いて、歴史から今の時代を見つめた「時代の観察者」であった。

また、鴨長明、モンテーニュ、ゴヤについても著者はそれぞれ名著と呼ばれる本を書いており、私はその全てを読みたいと思った。本書は、それらの本のエッセンスで構成されているとも言える。

「時代の観察者」を通じて、人間について深く考えさせる優れた本。



0 件のコメント:

コメントを投稿