日本における食べものの伝播を考える本。
食べものは自然には広がっていかない。食べものが伝播するには必ず人の往来が必要である。自由な移動が禁止されていた近世や、交通が不完全で限られたルートでしか往来が可能でなかった中世以前においては、食べものはかなり明確なルートをもって伝播していた。
本書は、現在残されている郷土食を分析することで、そういったルートを推測し、再構成しようと目論見たものである。
例えば、海運が運んだ食べものがある。その一つがコンブである。コンブの産地は北海道。しかしかなり早くから沖縄までコンブは交易された。沖縄への輸出品として大阪商人がコンブをもたらし、コンブは沖縄の料理には欠かせないものとなった。もちろんその途中にある九州でもコンブは料理に欠かせない。これだけでなく、黒潮の流れに沿って同じ料理が残っているなど、日本の場合はまずは海が食べ物を運ぶ大きなルートになった。
もちろん、街道を通じて伝播していく食べものもあった。街道沿いに食べものが伝わっていくから、距離的には近い地域でも街道沿いでなければ違う食文化が発達したりした。食べものは文化の中心から同心円的に広がったのではなく、やはり明確な「道」を通って伝わっていったのだ。
本書ではこうした事例が様々なトピックに渡って紹介されている。その分析は、文化的なものだけでなく、著者の専門の食品化学に基づいた観点もあり、多角的である。
一方、人や情報の移動が激しくなるにつれ、食の道は急速に分からなくなってしまった。かつてあったはずの郷土料理は、各家庭で自然体で受け継がれてきたものであるがために、それが独特なものだと認識されることもないまま消滅し、人々はレシピ本などを参考にした画一化された料理を作り始めた。著者は、今(1987年)が食の道を解明できる最後の時代かもしれないという。しかしそれは家庭に分け入って調査しなければならないため、非常に難しい研究であると認めている。
著者がこう警鐘を鳴らしてから、既に30年が経過している。状況はもっと困難になっているだろう。日本の食文化は、この50年ほどで急速に失われたのは間違いない。もちろん、栄養的にはずっと改善された。だが長い年月かけて名もなき人々の手によって彫琢され続けてきた食文化には、栄養学的にも合理的な側面があったはずだと著者はいい、こうした食文化が失われたことは長期的に見て栄養の面でも問題が出てくるかもしれないと述べている。
食べものの道を考察することで、文化の伝播や食文化の価値を考えさせる良書。
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