2017年8月15日火曜日

『天皇陵の研究』茂木 雅博 著

天皇陵についての研究を一般向けに紹介した本。

本書は、著者が1992年に出版した『天皇陵の研究』(学術書)を、一般向けに仕立て直したものである。

本書では、まず幕末の「帝陵発掘事件」が取り上げられる。天皇陵とされた古墳を盗掘したという罪で、数人が死刑に処された事件である。それまでは、古墳の発掘というのは別に禁止されておらず、宝探し的に掘られることが多かったそうだ。にもかかわらず、幕末になって急に古墳の盗掘が重い罪とされ、何人もが市中引き回しの上磔という極刑に処されたのである。これは、万世一系の天皇制を確立するにあたり、古墳を天皇陵と治定し聖域化したことの象徴だという。

さらに、神武天皇陵の創出についてもやや詳しく顛末が述べられる。おそらくは実在していなかったと思われる神武天皇の山陵を、政府がどうやって「創り出したか」ということだ。明治政府は「神武の創業に復る」を旗印にしたが、国家の創設者としての神武天皇は近代天皇制の中心であった。そのためのモニュメントとして神武天皇陵を急ごしらえで治定するのである。それまでも神武天皇陵の研究(探索)がなかったわけではないが、神武天皇陵は学術的な根拠を差し置いて政治的な都合で治定された側面が強い。

また、さほど詳しくは書かれていないが、神武天皇陵に関して興味を惹いたのは、明治初期に奈良県を治めた(県令、追って知事だった)税所篤(さいしょ・あつし)のことである。税所は薩摩藩出身。立場を利用して美術品の収集やその販売を秘密裏に行っていたことが疑われており、ボストン美術館にある天皇陵の遺物は税所が不法に(偶然を装って)行った山陵の発掘によるものだと考えられているが、ここで取り上げられるのはその話ではない。

税所は、明治13年に神武天皇陵が位置する畝傍山を公有化(買収)し、天皇陵の聖域化に一役かっているし、おそらくは神武祭の実施などにも関わっているだろう。また、神武天皇即位宮にあたる「橿原神宮」の創建が一般の行政では考えられないほど急速に進んだことを鑑みると、主導していたものと思われる。要するに、税所は奈良盆地の聖域化を考えていたようなフシがある。橿原神宮はその後国家により特別待遇を受けて拡大の一途を辿る。このあたりで税所がどういう役割を果たしていたのか非常に気になるところである。

このほか、本書では民衆と古墳の関わりの問題、古墳の考古学研究の概観、そして天皇陵の公開をめぐる議論が紹介されている。「公開をめぐる議論」のところでは、公開を求める学界に宮内庁が国会で答弁した議事録が引用されているがこれはなかなか面白い。「別に秘匿しているわけではない。求めがあれば公開する」と言いながら、のらりくらりとしていつまでたっても天皇陵の公開を渋る宮内庁の雰囲気がよく伝わってきた。

本書は、学術書を下敷きに書かれているため史料の引用が多く、細かい特定の話題について深く述べる形で書かれており、必ずしも天皇陵にまつわる問題の全体像を把握できる本ではない。天皇陵研究の紹介の部分でも、各時代での天皇陵の治定が表となってたくさん紹介されていたが、こういうのは一般の読者は熱心に比較対照するものではない。

というように、一般向けに書くならもう少しかみ砕いて説明できるのではと思う部分もあるが、学術書の雰囲気を残したまま割と気軽に読める天皇陵の研究本。


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