本書は、「講座 食の文化」の一冊で、この叢書は味の素食の文化センターがやっている「食の文化フォーラム」の研究成果をまとめたものである。監修は、世界各地で実際に食べ歩いてフィールドワークをしてきた「鉄の胃袋」の異名を持つ石毛直道氏。
本書の構成は若干散漫なものである。元々、この叢書自体が研究の寄せ集めであるためさほど体系的でないが、「食の思想と行動」という大上段に構えたテーマからすると内容の方は少し物足りない。
まず、本巻の責任編集をしている豊川裕之氏の序章「複雑系としての食」は本巻全体に通底するパラダイム的なるものを示したものだが、これがあまりいただけない。多分、同氏は「複雑系」というものをあまり理解していないし、「複雑系」の視点によって食文化にどのような新たな知見がもたらされるのかも全く見通しがない。ただ、これまでの唯物論的・機械論的な食文化の分析だけでは解明できないことがある、と言いたいらしい。
しかし私の見るところ、食文化については唯物論的・機械論的な見方の研究すら端緒に付いたばかりの状況なので、こういう批判をしなくてはならない意味が分からなかった。
その他、「食の思想」を銘打つにはあまりに個別的な研究が多く、それぞれは興味深い部分もあるが全体としてまとまりがない。ただ、「食の思想」というテーマが非常に難しいものであるだけにしょうがないのかとも思う。しかしここに収録された多くの研究が、フィールドワークに基づいた具体的・帰納的・現実的な事実を蔑ろにしていて、理念的・演繹的・図式的な理解に留まるものであることは、そのテーマが「思想」であるにしても残念である。
「食」という非常に現実的な対象を扱うわけだから、あくまでも現実の食べ物を相手にして考察を行うべきであり、理屈をこねくり回すだけの研究はしてほしくない。確かに要素に分けていって分析するという旧来の科学の手法では、食文化という総合的な現象は解けないのかもしれない。しかし「食文化は複雑系なのだから、要素に分けないでありのままに考察すべきだ」というような主張からは、結局表面的な結論しか出てこないということが、本書により図らずも露呈した感じがする。
とはいえ、面白い論考も中にはある。「医食同源」は日本で作られた漢語だとして薬膳理解を促す「薬膳と医食同源の由来」(田中静一) 、日本での脚気研究の展開を見る「鷗外と高木兼寛」(山下光雄)、茶の湯がもたらした料理への影響を語る「つつしみの美—近世初頭にみる料理観の転回」(平田萬里遠)、日本近代文学における粗食派と美食派について語る「文学にみる粗食派と美食派」(大河内昭爾)などは面白く読んだ。
まとまりがなく玉石混淆な、食文化に関する論考集。
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