砂糖についての科学的知識を網羅的に提供してくれる本。
本書は、砂糖の業界団体である社団法人糖業協会が発行したもので、数多くの執筆者により専門的事項がまとめられたまさに『砂糖百科』の名にふさわしい本である。砂糖は人間の主要なエネルギー源であるが、甘い=嗜好品というイメージから様々な面で不当に不健康なものだという扱いを受けてきた。本書は、そうした非科学的な俗説を退けるだけでなく、砂糖に関する科学的で正確な知識を提供してくれるもので、業界団体が出しているものだけにちょっと身内びいきな点はあるが、概ね公平・中立的な記述となっている。
以下、読書メモとしてはやや煩瑣になるが各章の内容を紹介し、印象に残った点について述べることとする。
第1章は「砂糖と栄養」。糖質が体内でどのように消化・吸収されて、やがて代謝されエネルギーとして消費されるかをかなり詳細に記述する。
糖質は炭水化物の一種であり、栄養的には炭水化物と等価である。このことは砂糖を考える上での基本定理とも呼ぶべきものであるが、つい閑却しがちである。炭水化物は体内で消化されて糖として吸収される。砂糖たっぷりのお菓子は体に悪く、白いご飯は体によいというのはイメージだけのことで、実際には栄養の面で見ればどちらも糖なのである。そして糖は人間の主要なエネルギー源として非常に重要だ。血糖値は半分ほどになってしまうと昏睡状態に陥ることもあり、血液中の糖分は常に一定濃度に保たなくてはならない。
しかも糖分は主要エネルギー源であるにもかかわらず、体内にあまり貯蔵できない。だから我々は継続的に糖分(炭水化物)を摂取する必要があるのである。しかし常に糖分が潤沢に補給されるとは限らない。そうして食間などに血糖値が低下した場合は、人間の体はアミノ酸やピルピン酸からブドウ糖を合成さえもする、つまり体内で糖を製造するという仕組みがあり、これを「新糖成」という。エネルギーをあえて使ってもブドウ糖を合成せざるをえないくらい、糖分というのは体にとって欠くべからぬ栄養素なのである。
第2章は「砂糖と健康」。砂糖が健康を害するという様々な俗説を取り上げ、そのうち代表的なものについて科学的に反駁する。
例えば、砂糖は酸性食品(摂取すると体が酸性になる)だとか、 砂糖は骨を溶かすとか、甘いものを摂りすぎると子どもがキレやすくなるとか、白砂糖は漂白されているので体に悪いとか。こうしたことには科学的な根拠がないことを丁寧に説明する。
また砂糖を食べると急に血糖値が上昇してよくない、というのも実は俗説で、砂糖の血糖指数(食べ物がどの程度血糖値を上昇させるか、を白パンと比較して表した数字)は、実はバナナ(94.5)とパスタ(83)の間の88.5で、特に血糖値の上昇が早い食品ではない。それどころかこれは白パン(100)よりも低く、またこれが高い食品としてニンジン(119)がある。早く血糖値を上げて空腹感を抑えたいということがあれば、甘いものを食べるよりもニンジンを食べた方がよい。
また砂糖が肥満の原因というのも間違いで、砂糖(ショ糖)の100gあたりカロリーは387kcalで、ヘルシーなイメージがあるそば粉(364kcal)と大差ない。国民全体の砂糖摂取量と肥満率には関係がなく、運動不足の方がはっきりとした関係がある。さらには砂糖が糖尿病の原因となるということもない。ただし砂糖は虫歯の原因となるというのは俗説ではなく、本書では業界に気を使っているのか曖昧な書きぶりになっているが(本書ではなぜか俗説に分類されている)、甘いものを間食するのはやっぱりよくないらしい。
第3章は「砂糖と味覚」。砂糖の甘さはどう感じるか。様々な糖質の甘さを相対的に比べた指数である「甘味度」を紹介し、糖質ごとの甘味度の特徴を述べる。
「甘味度」とは、ショ糖を100(1とする場合もある)として、食品の甘さを比べたもので、例えばブドウ糖は64〜74、マルトースは40、キシリトールはショ糖と同じ100、ソルビトールは60、といった具合である。「最も甘い糖」と呼ばれることもある果糖(フラクトース)は115〜173。
果糖の甘味度にどうしてこんな幅があるのかというと、立体構造の差などによって同じ糖質でもα型とβ型で甘味度が異なるからで、α−フラクトースの甘味度は60、β−フラクトースは180である。
興味深いのは、こうした糖質を混ぜた時の甘味度が、単純にその平均の甘味度にはならないことで、ブドウ糖とショ糖を混ぜると相乗効果により甘味度が増すことが分かっている。果糖とショ糖も混合すると甘味度が10%ほど上昇する。
さらに、甘味度は温度によっても変化する。ショ糖は温度によってほとんど甘味が変化しないが、果糖やキシリトールは温度が低い方が甘味度が増し、逆に40℃以上の高温になるとショ糖より甘味度が低くなってしまう。
この性質は、清涼飲料水において甘味が「ブドウ糖・果糖・液糖」(液糖はショ糖)という複合材料によってつけられていることをうまく説明する。冷やして飲む清涼飲料水の場合、低温で甘みが強くなる果糖と相乗効果を生むブドウ糖・ショ糖を混ぜることで少ない糖質で強い甘味を感じられるようにし、糖質の量を節約しているのである。
第4章は「砂糖の種類」。砂糖の工業的な分類を紹介する。本章についてはカタログ的な記述である。
第5章は「「糖」とは」。種々の「糖」について化学的に解説する。糖の構造、定義、異性体、アルドースとケトース、 ピラノースとフラトースなどについて。
糖は分子式CnH2mOmで表される物質で、その分子構造にヒドロキシ基(-OH)を2つ以上持ち、アルデヒド基(-CHO)またはケトン基(>C=O)を持っている。糖は鎖状構造の時もあれば環状構造の時もあり、分子式構造式は同じでも多くの異性体がある。またそれらが結合して二糖、三糖、そして多糖類も形成される。本章では、こうした複雑な科学的性質について述べる。
第6章は「光合成」。光合成の仕組みをかなり詳しく解説した後、光合成によって糖がどのように生成されるかを述べる。
本章は、砂糖百科の内容から少しはみ出ている印象がある。要するに、光合成によって生みだされたエネルギーの貯蔵物質として糖があるということが言いたいようであるが、C4回路(普通の植物の光合成に比べて効率がよい光合成の方式)みたいなことは砂糖を理解するには必要ないような気がする。
第7章は「砂糖の製造法」。甘蔗糖、ビート糖、精製糖について製造法を工業施設のレベルまで解説する。
砂糖はありふれた食品であるがその製造法はあまり知られていない。甘蔗糖ならサトウキビから穫れたジュースを煮詰めて精製するという概略は分かっても、どのように濃縮していくのかといったことは知らなかった。本章は業界団体の出版の本領発揮とも言うべき章で、製造方法について明解に知ることができる。
ところで狂牛病騒ぎの時、砂糖の業界団体が「骨粉が輸入されないのは困る」みたいなことを言っていて、その時は「どうして砂糖製造に骨粉が必要なのか」と思っていたが、その謎が解けた。骨粉は、焼成して骨炭にし、砂糖の不純物の除去に使っていたのである。
白砂糖は漂白されているから体によくない、というのは先述したように根拠のない俗説で、白砂糖やグラニュー糖は、砂糖から徹底的に不純物を除去して作っているだけで漂白はされていない。砂糖の純粋な結晶は無色透明で、これが粒になっているから粉末が白く見える。
ではどうやって不純物を除去するのかというといくつか工程がある。まず糖液に石灰乳と炭酸ガスを吹き込んで溶液中の不純物を析出させる。次に骨粉から作った骨炭を通し、不純物を吸着させる。これは活性炭で浄水するのと原理は同じだが、コスト的な問題で骨炭が使われている。この工程でほとんどの不純物が除去され脱色される。さらに色素成分を除くため脱色用イオン交換樹脂に通される。糖液に含まれる色素成分には陰イオン性のものが多いのでこうしたイオンを選択的に吸着するのである。その後セラミックフィルターに通し、紫外線によって殺菌して精製が終わる。このようにして白い砂糖の原料となる無色透明な糖液が得られているのである。
第8章は「砂糖の特性」。砂糖の物理・化学的な特性を述べて、調理における種々の性質や食品加工において有用な性質について述べる。
物理的な特性については、密度、屈折率、溶解性、粘度、沸点、凝固点降下、浸透圧などが説明され、化学便覧的な記述である。化学的な特性については、まず加熱による変化を説明する。砂糖をうまく加熱するとカラメルができるのだが、これはどういう化学変化によるものだろうか。実は、カラメル化の化学変化は完全には解明できていないそうだ。加熱によって複雑な化学変化が起こり、非常に他種類の揮発性の生成物が生まれるということだ。カラメルとはかなり複雑な物質の集合だそうである。
もちろんカラメル化する前の変化もドラマチックで、色や粘性や水中での挙動がどんどん変わっていく。温度によってこのような微妙な変化をするからこそ、加熱程度をいろいろに調整することでお菓子や料理に砂糖だけで違った風合いをつけることができるのである。
次に酸がある状況でショ糖が加水分解しブドウ糖と果糖に分解されていくことを述べる。つまり有機酸がある溶液中では次第にショ糖がこのように分解されていくわけで、酸っぱいジャムやシロップを保存しているとだんだん味が変わっていくのはこのためではないかと思った。
次に話は調理における砂糖の使い方になる。お料理する上での実践的な砂糖の性質が説明されているのは本書ではこの項目だけである。といっても砂糖の使い方を教えてくれるわけではなくもっと一般的な性質について解説している。
例えば、砂糖は食品のテクスチャーを保つ。軟らかい羊羹を軟らかいまま保ったり、アイスクリームやマシュマロのように泡が内包されている食品の泡が崩壊しないできめ細かい泡のまま保持されるのは砂糖のお陰である。これらは砂糖の親水性(水を保持する性質)による。
また砂糖には防腐性もある。水を保持することで細菌が使える水(自由水)を減らすのだ。なんだか砂糖が入ったものはカビやすいというイメージがあるがそれは逆である。
さらに砂糖は芳香を保持する効果もある。食品の揮発性芳香成分はどんどん失われていくが、砂糖があれば砂糖が芳香成分を吸着してその香りを長く持続させる。
そして、砂糖は食品の造形性にも深く関わっている。つまり粘りや固さを調節したり、かさやボリューム感を持たせる(先述したような泡の保持などの面で)といったことにも使われる。しかもそれを、煮詰める温度のような簡単な調整方法によって様々に変えることができる。この造形性が食品としての砂糖(ショ糖)が優れている理由の一つである。他の甘味料、ブドウ糖、水飴、ソルビトールなどの場合は、味覚の他にテクスチャーの調整を別に考慮しなければならない。
さらに砂糖の乳化保持性、デンプン老化の防止効果などに言及して本書は終わっている。
本書はISBNが取得されておらず、取次−書店の流通を経なかった本であり、基本的には図書館にしか置いていない。 内容は極めて専門的で、確かに一般の人が読みこなすのは大変だ。しかし科学的に信頼できる内容で、それこそ百科事典的に興味のあるところだけ読むのでもかなり参考になると思う。
砂糖についてたった一冊で深く知ることができる本。
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