2015年7月6日月曜日

『百姓たちの幕末維新』渡辺尚志 著

幕末維新期における百姓の実態を探る本。

「百姓たちの目線から幕末維新を見直してみようと思います」と帯にあったので、私は幕末維新の動乱がどのように百姓たちの生活を変えたのか、あるいは百姓たちの力がどう時代を動かしたのか、ということが本書の主眼ではないかと思っていた。

しかし実際には、本書の内容は「幕末維新期における百姓たちの社会生活の一端を垣間見る」というようなものである。

例えば、本書では「抜地(ぬきち)」というものについて詳しく説明がなされる。これは土地が質流れして他人の手に渡ってしまう時、本来は土地に付属する納税(年貢)義務も同時に譲渡されるべきなのに、納税義務の方は元の持ち主にあるまま利用権だけが移ってしまった土地のことである。つまり納税義務者たる名義人と、実際の利用者が合致しない土地ということだ。どうしてこのようなことが生じるかというと、少ない土地でたくさんの金を質から借りたいという時に「納税義務無しの土地」ということにすればその価値は非常に高いので、困窮した百姓がこうした裏技を使って金を借りてしまったのだった。

しかし土地はないのにその納税義務だけあるということは、すぐに行き詰まるのは必然である。抜地が横行した結果、代官にも本当の土地所有者が誰なのか分からなくなり、適切に課税することができなくなって、困窮したものがなおさら困窮して没落していくという現象が生じた。

そこで抜地を解消し、土地の所有者と納税義務者を一致させる改革が必要になってくる。こうした改革を行うには、今風に言えば「言論」の力が必要になるのであるが、本書の白眉は百姓による「言論」がどんなだったかを詳細に記述している点である。時代劇によるイメージでは、百姓は代官に対して「慈悲を乞う」ような接し方しかしていなかったように思いがちであるが、実際には対等な形で非常に立派な議論を展開していることもあり、百姓のイメージが変わった。

それどころか、その議論の仕方を見ると現代の農家よりもよほど立派な部分があるようにも見受けられる。課題を認識し、解決策を自らの手でつくり出していこうとする努力は、ともすれば役所や農協に不満を言うだけで終わりがちな現代の農家よりも優れている。

もちろんそういう立派なやり方だけでもなかったのだろうが、「村」というものが意外と自律的かつ民主的な原理で運営されていて、身分の上下はありながらも武士と百姓が対等な言論によって課題を解決していこうとした(こともあった)ということがよくわかった。

このように、本書に出てくる事例はとても具体的なものであって、一つの案件を丁寧に追っていくということが長所である。「抜地」の部分などは誰それがこう言った、次にどう行動した、ということが詳細に語られ、現場の息吹が感じられる。だが逆にそれが短所でもあって、その現象が全国的に見てどう位置づけられ、それが幕末維新という動乱にどう関係したのか、というマクロな視点というのはほとんどない。

そういう意味では少し物足りないところもあるけれども、当時の百姓の「言論」の有様を知る上では好適な本。

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