生活と文化といっても、庶民の衣食住についてはさほど触れられない。むしろ、イスラム文明を担った中心的人物たち、具体的にはカリフとか宰相とか、あるいは文化人たちの織りなす人生のタペストリーを眺めてみましょうという体の本である。
叙述の形式は、縦に流れる歴史というより、「こんなこともあった」「あんなこともあった」というようなエピソードを連ねるもので、 まさに千夜一夜物語風の、アラビア文学的なとりとめもない話の集成である。これが歴史の本としてどうかというのは人それぞれの好みだろうが、私には結構面白かった。
特に、典拠としているアラビア文学の書物に書かれていることが生き生きしているのがよい。本書に紹介されている書物のみで判断すれば、アラビア文学は同時代や少し後の時代のラテン語文学と比べると随分と平明で人間性があり、近代的とさえ言える。アラビア語は、イスラム文明圏の共通語であったので、キリスト教文明圏におけるラテン語のような位置づけにあったわけだが、アラビア語とラテン語では発展していった方向性が全く異なっていたようだ。
アラビア語は物語を記述するのに便利だったのか、どこが始まりとも終わりともつかないような問わず語りの文学が数多く残っている(らしい)。本書ではアラビア文学の豊穣な世界を垣間見ることができるが、あまりにも面白そうなので、アラビア語を学びたいという気持ちにさせられてしまった。
本書は、イスラム文明圏に生きたいろいろな人の悲喜こもごもを並べた本であって、生活の歴史を解説するものではないし、イスラム文明圏の何かを学ぼうという本でもない。ただ、10世紀のイスラム文明圏に生きるというその雰囲気を、少しだけ感じてみようという本である。
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