2019年2月24日日曜日

『石と人間の歴史—地の恵みと文化』蟹澤 聰史 著

世界各地の地質の説明と、それに付随する文化の話。

著者は東北大学名誉教授で地質学を専門とする。本書は、地質学の調査で訪れた各地の見事な景観や地形を紹介することを中心として、それに著者が定年退官してから触れるようになった美術史、歴史学、民俗学、宗教学といった文系学問の話題をちりばめ、地質と文化の繋がりについても述べた本である。

構成としては、概ね古い地質の地域から新しい地質の地域へと進んでいる。日本にはそれほど古い地質がないから、特に原生代と呼ばれる時代のことなどは興味深く読んだ。

「第1部 古い大陸とその周辺の石」では北欧が取り上げられ、「石の国」イギリスについて述べられる。イギリスは地質学を作った国であり、ストーンヘンジだけでなく様々な石の文化があるそうだ。

「第2部 テチス海の石」は「テチス海」を中心として地中海諸国の地質が述べられる。「テチス海」とは、石炭紀に存在した超大陸パンゲアの東にあった海で、パンゲアが分裂すると北のローラシア大陸と南のゴンドワナ大陸に挟まれた海になり、徐々にその海が狭まってできた名残が今の地中海なのだという。地中海の石の文化というとギリシアとローマの壮大な石造建築物が思い浮かぶ。あれらを育んだ大理石は、テチス海の珊瑚礁によって厚く堆積した石灰岩が変成したものだ。

「第3部 アジアの古い大陸とテチス海の石」では、モンゴル、アンコール遺跡、中国について触れている。アジアの石文化というとアンコール遺跡、中国の万里の長城は当然として、そこにモンゴルが取り上げられていたのが意外だった。モンゴルは後期原生代から新生代にかけての地層や火成岩、変成岩類が複雑に分布していて、地質的に面白いところなんだそうだ。ちなみに中国の能書家として知られる顔真卿が、唐の時代に化石について正しい認識をしていたというのが興味深かった。「滄桑之変(滄海変じて桑田と為す)」とは修辞的な表現ではなく、撫州の刺史(県知事)として彼が赴任した際、近くの麻姑山に巻き貝や二枚貝の殻が見られるのは海底が隆起して山になったためだと考えたことから出来た言葉だという。

「第4部 新しい活動帯の石」では、トルコ、イタリア、日本といった火山国・地震国が取り上げられ、 火山国ならではの特徴的な景観(トルコのカッパドキア、イタリアのヴェスヴィオ火山など)について述べられる。日本は木と紙の文化と言われるが、石造物も意外とあって、例えば城郭の石垣などは技術的にも造形的にも見事だという。日本は地震が多いことと、加工に適した石が少なかったことなどから壮大な石造建築物は発展せず、その代わり小さな石仏など民衆的なものとして石の文化が育まれたという。

「第5部 天から降ってきた石と地の底から昇ってきた石」では、隕石と地球深部から溶岩や凝灰岩中に取り込まれて湧き上がってきた「捕獲石」が取り上げられている。

全体として、地質学に疎い人間でも楽しめるように様々な話題がちりばめられており、飽きない本である。一方、体系的な説明はないので、例えば石の種類がよくわからない私のような人間には、もう少し地質学の説明をして欲しかったという部分もある。

石と人間の歴史について大上段に何かを論じるのではなく、半ばエッセイ風に地質に親しむ本。


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