本書は、西南戦争の当時、イギリス公使館書記官として日本に駐在したオーガスタス・H・マウンジーが、次の任地であるギリシアで執筆したもので、原書はロンドンで1879年に公刊された。
西南戦争は明治10年すなわち1877年に起こったから、本書はそれからたった2年後に公刊された同時代史料であり、日本語で書かれた記録も含め、西南戦争についてまとめられた本としては最も古いものの一つである。
明治政府から西南戦争の正式な記録『征西始末』の編纂を依頼されていた史家の重野安繹(しげの・やすつぐ)は、『征西始末』の第1稿を書き上げた時にこの『薩摩反乱記』を入手し、その歴史記述に大いに刺激を受けたという。
本書では、反乱の様子を述べるだけでなく、反乱に至る歴史的・政治的・社会的背景を丁寧に紐解いており、幕末維新期の政治過程を要領よく折り込んでいる。その頃の日本の史書といえば伝統的な編年体とか紀伝体といったような形で記述していたから、出来事の羅列ではなく、その背景から説き起こすという立体的な歴史記述に重野は注目したのである。
しかしながら、伝統的な漢文での史書編纂にこうした新手法を生かすことはできず、実際には『征西始末』の最終稿に本書はあまり影響を与えてはいないらしい。とはいっても重野が本書を非常に高く評価していたことは間違いないとのことである(本書「解題」による)。
個人的に興味を抱いたのは、マウンジーが本書を書いたことそのものについてである。彼はどうして、公的記録でもなんでもない本書をわざわざ執筆し、公刊したのであろうか。イギリス人にとっては後進国の内紛にすぎない西南戦争について、なぜ熱く語ったのだろう。おそらくその答えは、マウンジーは西郷隆盛に心酔していたからだろうと思う。序文において彼はこう述べている。
「西郷は、その波瀾に富んだ生涯とその悲劇的な死とによって、国民の間で、「東洋の偉大な英雄」との称号を得、またイギリスの読者の興味をひくにも事欠かないのである。この反乱の物語は、私としても、記録に止めるに値すると思われるのである。」実際、本書は、かなり西郷に同情的に書かれている。しかし概ね筆は公平であって、明治政府の批判についても感情的な部分はない。こうしたところは公使館の書記官らしい堅実さである。また西郷に同情的であるとは言っても、反乱の意図は「封建制度をいくらか復活させようとする最後の真剣な企図であった」として、決して進歩的ではなかったことを指摘しているし、薩摩人全体に対しては結構厳しいことが書いてある(例「すべて倨傲無知は、将校、賤卒に至るまで、薩人の心理に侵入せしものにして…」)。
本書の翻訳は明治当時のものであるため文語文であり、慣れない人には読みやすいものではないが、内容は非常によくまとまっており決して理解に苦労するようなものではない。重野安繹が激賞したように歴史記述として優れ、西南戦争史の嚆矢として大きな価値があるものと思う。
【関連書籍の読書メモ】
『重野安繹と久米邦武—「正史」を夢みた歴史家』松沢 裕作 著
https://shomotsushuyu.blogspot.com/2018/06/blog-post_28.html
近代日本における最初の歴史家ともいうべき重野安繹と久米邦武の小伝。
近代日本にとって「歴史観」が問題となった最初のケースについて生き生きと知れる良書。
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