東シナ海に共通してはいるが様々な地域的変異がある民俗を取り上げ、その伝播や起源を考える論文集。
著者は鹿児島を代表する民俗学者の下野敏見氏。本書は、著者が『隼人文化』と『鹿児島民俗』に提出した論文を中心に、「東シナ海文化圏」にまつわる論文をまとめたもので、「第一章で身近な地域からだんだんひろがった地域の比較をなし、第二章でさらにひろげて近隣の国の資料もとり入れ、第三章では隣国の現地にどっぷりつかって調べあげた資料をもとに、日本の民族を省みて比較するという構成」(あとがきより)である。
個人的に興味を持って読んだのは、「鬼火焚き・門松の意味するもの」(第1章第1節)、「南日本の石神信仰—立神と陰陽石と三ツ石」(第1章第3節)、「南からみたハレ・ケガレ論—エビスと水死体」(第2章第2節)、「十五夜綱引の源流—門ノ浦のヨコビキに寄せて」(第2章第3節)の4編。
著者はこうした材料で「東シナ海文化圏」を構想する。そもそも、民俗学は比較の学である。民俗文化はただその地域の伝統を見ているだけでは見えてこない。隣村とはどう違いがあるか、また隣の地域とはどう違うか、そして隣の国とはどう違うのか、ということを次第に視野を広げてみることで、その民俗伝承の持つ意味が明確になってくる。例えば、綱引き一つとっても、小正月に綱引きをする地域と十五夜に綱引きをする地域がある。だからそれらがどう分布しているかを調べれば、伝達の経路や時期が分かったり、その伝統がどこで生まれたかが分かってくる。
いろいろな民俗現象で著者はそれを考え、文化伝播について調べていく。日本の文化伝播は基本的には畿内を中心とした同心円状になっており、畿内で生まれた文化が次第に広がっていったものが多い。となると、南九州などは日本の端っこなわけだから、最も後進的な地域となってしまう。だが、さらに視野を広げてみれば、違った文化伝播の同心円が見えてくる。それが下の図である(序章より)。
これを見ると、南西諸島、台湾、中国南部沿岸、朝鮮半島南部、そして九州が同じ同心円の中に収まっている。つまり文化は決して畿内中心ばかりではなく、いわば海を中心とした文化伝播も起こっていたわけだ。この、海を中心とした文化伝播によって形作られた地域が「東シナ海文化圏」である。
とはいえ、この図で言われていることがどれほど妥当なのかは、本書だけでは判断することができない。もう少し材料が必要だし、衣食住全般にわたった比較が必要になるだろう。ただし、本書に取り上げられた民俗についていえば、かなりの程度こうした文化圏の存在は肯定できる。
書き下ろしではないので論文ごとの粗密はあるが、郷土研究から出発しより広い視野に誘ってくれる好著。
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