本書は「A History」という副題だったので、カンキツ類が辿ってきた歴史に関する本かと思い購入したのだが、分量的には歴史部分は半分程度である。また、歴史の記述についても、中心的なのは米国のカンキツ産業がどうして興ったか、ということで、世界的なカンキツの歴史は簡単に触れられるに過ぎない。
例えば、大航海時代においてカンキツは大変重要な役割を果たした果物であるわけだが、具体的にどこでどのようなものが生産されていたのか、というような話は出てこず、概略的・一般論的にその重要性が指摘されるに留まっている。ただ、イギリス人は17世紀までカンキツ類でビタミン欠乏を防げることを知らなかったので命がけの航海をしていたが、ポルトガル人は知っていたので健康的な航海ができたというのは知らなかったのでナルホドと思った。
米国のカンキツ産業の歴史についてはやや詳しい。いかにして米国にオレンジが渡ったかから説き起こし、それが次第に広まり、寒波などの天災を乗り越えて一大産業を築き、またやがて生産過剰となって「オレンジを飲もう」キャンペーンを実施し、オレンジのジュースとしての消費を開拓してアメリカ人の朝食にオレンジジュースが不可欠なものとなるまでが説明されている。 このあたりの歴史のダイナミズムは大変に興味深いところで、より詳しい文献で調べてみたい気持ちになった。
歴史を除いた残りの半分に何が書かれているかというと、著者の思い出やカンキツが文化的にどう扱われてきたか、そしてレシピといったところで、正直私は興味があまり湧かなかった。例えば、絵画作品において柑橘類がどう描かれてきたかという項があるが、著者の提示する作例が絵画史的に見て妥当なものであるのか判断もつかないし、そもそも話題に出ている絵画のサムネイルが載っていないし、著者の好みの単なる羅列なのか、学術的に意味のある話なのか不明である。
詩におけるカンキツ、という項目もあるが、これに至ってはWallace Stevensという詩人の”An Ordinary Evening in New Haven"という詩を紹介したかっただけなんじゃないかなあ…というような内容で、カンキツが表現された詩を体系的に見渡してみようという意志が感じられず、思いつきで挙げていった感が強い。
というように、歴史の部分は記載が表面的であり、それ以外の部分については思いつきや著者の思い入れが先行して散漫である。ただ、カンキツというテーマでこうした本は他にないと思うので、特にカンキツに対して思い入れがある人は、面白く読めるだろう。
ところで、本書について個人的に失敗したのは、邦訳があったのにわざわざ原書で読んでしまったことだ。別段原書で読む価値がある本でもなかったので、ちゃんと調べてから購入すべきだったと思う。カンキツの文化誌という比類ないテーマでまとめられながら、内容には今ひとつ深みが足りない本。
0 件のコメント:
コメントを投稿