2019年2月10日日曜日

『鹿児島古寺巡礼―島津本宗家及び重要家臣団二十三家の由緒寺跡を訪ねる』川田 達也 写真・文、野田 幸敏 系図監修

墓所から見る島津家とその家臣団。

薩摩藩の島津家には、姻戚関係で結ばれた重要家臣団23家があった。本書は、島津本宗家および家臣団といういわば島津一族を体系的に紹介するものである。しかもその手法が変わっていて、由緒寺跡を巡ることで家臣団の世界に入っていく仕掛けになっている。

由緒寺「跡」というのは、鹿児島では廃仏毀釈で全ての寺院が取りつぶされているためで、本書のタイトルは「古寺巡礼」を冠しているが、実際に巡っているのは寺跡、もっと具体的に言えば墓地なのである。よって本書は、墓地を訪れることで往時の島津家・家臣団を偲ぶというものだ。

墓地を訪れるといっても、著者はただ墓参りをするわけではない。墓地に残された遺物から歴史を読み解くだけでなく、石塔や石積み、石仏や仁王像といった今に残されたものの美を感じ、端正な写真によってそれを表現した。本書はテキスト部分だけ見ると島津一族の歴史を紹介する本なのであるが、写真部分は古寺跡の美しさ・奥深さを伝えるものとなっており、墓所という具体的なモノを通じて島津一族を縦覧できる稀有な本である。

しかも著者の視点が清新なのは、廃仏毀釈に対する姿勢である。廃仏毀釈を嘆き糾弾する人は多いのだが、 実際に破壊された寺跡を大事にしようとする人は少なく、多くの廃寺跡が顧みられることもないまま、朽ち果てつつある。それはいわば「現在進行中の廃仏毀釈」なのだという。地域の人や子孫によって細々と維持管理されているところもあるが、それもこれから先どうなっていくか分からない。

そうしたことから、「廃仏毀釈を批判し、その悲惨さを伝えるためでは」なく、「少しでも多くの人が鹿児島にあった古寺や歴史に興味を持ち、さらには現地を訪れて」ほしいとの願いで本書は書かれている(本書まえがきより)。そしてその言葉通り、本書には全ての由緒寺跡の詳細な地図がついており、廃寺跡の見方・見どころもしばしば案内されている。例えば、「これほど大きな石仏が無傷で残っているのは奇跡と言ってよい」(真如院)、「自然の中に溶け込み始めた墓塔が、わびしくも美しい風景を作り出している」(長善寺)など。本書を読めば、廃寺跡での歴史の謎解きと写真撮影に繰り出したくなるだろう。

なお、著者がまだ30代というのも本書の驚くべき点である。著者の廃寺跡巡りの目的意識を考えると、そのスコープは島津一族だけに限らないはずであり、鹿児島にまだまだある名刹跡を取り上げた次回作を期待したい。

廃寺跡を通じて鹿児島の歴史や島津一族を知ることができる、新しい視点の歴史歩きの本。


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