2015年12月12日土曜日

『食の終焉』ポール・ロバーツ著、神保 哲生 訳

食システムの破綻が間近に迫っていると警告する本。

先進国のスーパーマーケットには安価な食材が溢れ、肥満も大きな問題になっている。一方で、世界には未だ多くの飢餓状態にある人たちが存在し、農業には持続可能性を疑わせる数々の懸案が存在する。例えば、過剰施肥、土壌の流亡、地下水の過剰な汲み上げ、大規模単一栽培によって病害虫被害に脆弱になっていること、モンサントやウォルマートなどの巨大企業による支配、などなど。

本書は、こうした問題を取り上げて、食システムの破綻は間近であると畳み掛ける。なお、ここでいう「食システムの破綻」とは、本書中では明確な定義がないが、サプライチェーンのどこかに問題が起こって、需要を満たすだけの生産ができなくなること、といった意味のようだ。しかし、問題がたくさんあるからといって破綻は間近だと結論づけるのも短絡的であり、これは食システム全体を俯瞰して考えなければならないテーマであるにも関わらず、現在のシステムがうまくやっている点については全く触れず、延々と問題だけを取り上げているのはやや誠実さに欠ける。

しかも、その問題の取り上げ方も、専門家の誰それがこういっている、というような断片的なことがたくさん書かれているだけで、本書中には一つのグラフも表も出てこない。将来を見通すには全体の趨勢を理解するのが大事なのに、事実を経年的に把握するグラフの一つも出さないというのは信頼性に欠ける。要するに、取材の態度が科学的ではなく、ゴシップ的なものと言わざるを得ない。

もちろん、ここで提示されたような問題は、それぞれ事実大きな問題であろうと思う。しかし、食糧危機が間近に迫っているという警告は、それこそ何十年も前から出されているが、これまでのところその予言が外れているところを見ると、ここで挙げられている問題も破綻が不可避なものとは思えない。

例えば、現在は安い価格で大量の食肉が生産されており、これは安価な穀物と補助金に支えられているが、今後新興国の生活水準が上がってきてさらに食肉需要が増大した時、現在の食システムはその需要に応えられないかもしれないと本書は予言する。でもそれが何の問題なんだろうか? 食肉需要が高まって、でも供給がそれに追いつかなかったら、食肉価格が上がるだけのことだろう。要するに価格調整によって需給は調整されるのだから、そこに「破綻」と呼べるほどの問題は起こらない。

もちろん、これまでの先進国はたくさん肉を食べられたのに、これからの先進国はそれほど多くの肉を食べられないというのは不平等ではある。しかし、これは19世紀の先進国は植民地を持てたのに、21世紀の先進国は植民地を持てない、 というのと同じことで、不平等かもしれないがそれを受け入れて社会を構築していけばいいだけのことだし、これは食システムの問題というより、国際的な不均衡の問題、つまり国際政治の話だと思う。

ただし、人口が90億人に達したとき、十分な量の穀物が生産できるのかという点だけは、シンプルなだけに重大深刻な問題で、ここだけは真面目に考究する価値があると思った。ただ、本書においては「既に利用しやすい農地は利用しているし、灌漑用の水も限界まで使っているし、これ以上生産量を増やそうとすれば森林を切り拓くしかないがそれは環境破壊になるし、どうする」みたいなことが定性的に書いてあるだけで、真面目な(定量的・科学的な)考察がない。もう少しデータに裏付けられた分析が必要だと思った。

食システム全体を俯瞰する視点がなく、食にまつわる問題をゴシップ的に列挙するとりとめのない本。

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