2014年6月22日日曜日

『おっぱいとトラクター』マリーナ・レヴィツカ 著、青木 純子 翻訳

ウクライナの近代史を下敷きにして移民のドタバタ騒動を描く気軽な小説。

最近ウクライナの政変があって、実際のウクライナ人は祖国の近代をどう見ているのだろうか? という、娯楽小説を読むにしては鬱屈した興味から手に取ったのだが、ウクライナの近代史に関しては詳しい記述はない。それは、ロシアにひどいことをされた、その後は西側諸国にいいようにあしらわれた、というだけの話で、(実際そのくらい単純な話なのかもしれないが)どこか一般論的というか、実体験した人ならではのディテールがない歴史観だと感じた。


娯楽小説としての出来は悪くない。特に前半の、色ぼけした老父が美女(ビザと金目当て)に目が眩んで結婚し、その生活がめちゃくちゃになるあたりはよく出来ている。だが、中盤で離婚闘争編に入ると少し中だるみというか、サスペンス仕立てにしようという意図はわかるが、少し騒動が地味になり、主人公の迂闊さや子供っぽさに頼った筋書きになっているような気がする。もう少し、荒唐無稽なネタを入れたり、人物描写に深みを持たせたりするなど、展開に変化を持たせた方が退屈しなかったと思う。

そして後半は「話を回収する」という感じが強い。中だるみしたせいでうまく話が深まっていないからか、話の筋が平板なものになっている。また、ドタバタ劇のおかげで家族間の確執が解決するという筋も少しとってつけたようなところがある(最後の最後に、娘に諍いをやめるよう諭される場面など、ない方がよかったと思う)。

それから、翻訳小説に慣れている人には気にならないことであるが、あまりに「翻訳文体」なのが少し気になるところ。この小説は、登場人物が悪態をつきまくる場面が多いので、もう少し罵倒にリアリティが欲しい。例えば「アバズレ」という言葉が出てくるが、これは日常語ではほとんど使われない単語であるから、「ヤリマン」くらいにしたらよかったと思う(まあ、これもあまり使われない単語だが、この小説ではやたらと若者言葉を使っているので)。

原題の『ウクライナ語版トラクター小史』は気が利いている。これは老父が作中で書いている本の名前で、かつて農業とエンジニアの国として発展していたウクライナが、パワーポリティクスに翻弄され衰退していく様を象徴するものとしてトラクターの歴史が語られているわけだ。ただ、話の筋とはほとんど独立して、単なる象徴として扱われているので、もう少し本筋のプロットと関係づけたら読者が退屈しないだろう。私はトラクターの歴史にも関心があるので全く退屈しないどころか、もっと詳しくトラクターの歴史を紹介してほしいと思ったくらいだが、娯楽小説としては収まりが悪い。

暇つぶしの娯楽小説として考えると出来はそれほど悪くないが、翻訳の生硬さもあってイギリスの「滑稽小説」(P.G.ウッドハウス的な)として見ると、笑いの要素は少ない。小難しくない程度に社会派の、昼ドラな小説。

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